結局何も解決の無いまま家へと戻ったホスターはセングルーの夫、メディシンらが困惑した表情でローズを看病しているのを見る。
部屋はどちらかと言うと熱いほど暖められ、ローズには幾重にも布団が掛けられ小さな体は汗をかいている。
だが、しきりに何かを呟き震えていた。
「まだ寒いのか?」
「あぁ、ホスター。そうなのよ…。こんなに汗をかいているのに寒いって震えて…。」
覗く顔に触れれば熱が出ているためか燃えるように熱い。
だがローズは寒さに震えている。
ローズを埋めていた雪の寒さを思い出し、ホスターはそっと頬に手を当て髪を撫でる。
「チューベローズ、ほら。迎えに来たよ。雪の中で寒かったろ?暖かいおうちに着いたよ。」
ほほに手を当て静かに声をかければローズはうっすらとまぶたを開け、熱にふやけた瞳をホスターにむけ微笑む。
「おとうさん、ぼくちゃんとまってたよ?えらい?」
幼い口調で笑うローズにホスターは手を止めるとえらいよと褒めた。
「遅くなってごめんな。絶対もう離さないから安心しろな。」
「あのね、もうめいわくかけないよ。ひとりでもわがままいわないよ。まおーをたおすかみさまのどうぐだから。がんばるよ。だから…おいかないで。」
幼い口調でそう淡々と話すローズにホスターは抱きしめる。
シュリーもまた、子を抱きしめた。
「道具なんかじゃない。道具なんかじゃ…。お前は私たちの大切な大切な息子だ!!」
「そうよ。チューベローズだからこそ、愛してるわ。だから…お母さんたちを許して…。もう一人にはしないわ。」
うれしそうに笑うローズはくたりと眠る。
すやすやと眠るローズは本当に幼い赤ん坊のように見え、初めてその顔を見た二人は額に、ほほにキスをし、拒絶していた数年間を埋めるかのように抱きしめた。
「この子…こんな顔をして眠っていたのね…。7つになって初めて見ただなんて…。」
思いだせるのは悲しい顔をし、いつも怯えて顔色をうかがう小さな小さな子供。
作物が思うように取れず、ましてや化け物かもしれない子を満足に食べさせることもせず、いつも暗い部屋に閉じ込めていた子供。
泣けばすぐに叱り、夜泣きをすれば叱り声が止むまで口をふさぎ。
息ができずにぐったりとすると再び眠り…泣くことは許さず、ぐずることも許さなかった。
一週間も過ぎれば夜泣きも何もなくなった。
ただ、1年が過ぎる前にひどい病気にかかり、町の医者に栄養が足りず発育が遅いといわれ、ようやく子供を見るようになった。
そのときには既に子供らしさはなく、子供は自分を見るなり怯え、それでも精一杯笑い、頭をなでようとすれば体を硬くし…震える体を必死に抑える子供に少ないながらに罪悪感を覚えたものであった。
1才になり、もうすぐ2才という時、子供がまだ言葉という言葉を発していないことに気がついた。
はじめは怯えて声が出ず、ようやく出るようになったとき、初めて気がついたのだ。
言葉という言葉をかけていないことに。
すぐに怯えてしまう子供がそう言葉を発する機会がなかったことに。
そのうち、同じ年頃の子からいじめられるようになってしまった。
原因は暗い部屋に入れているせいで肌が病的に白かったこと、そして同い年の子に比べ言葉が少し慣れていなかった。
やがて、二人はまた周りからも言われ続けていた化け物という言葉に、いつしか子供を化け物としか見なくなってしまった。
部屋を汚すたびに食事を抜き、部屋を分けて見えなくする。
それがとても気が楽なことになっていってしまった。
あるとき町で子供を買うと言う人を見かけ、村人が子供の外見をいったところ、本当にいるならと出された金額は村からしてみれば途方もない巨額だった。
必死に反対するシュリーによってそれはなかったが、山に捨てたときそうすればよかったかもしれないと、本気で思ってしまった。
たとえそれが道徳に反し、子供がどうなるのかわかっていたとしても。
雪の中から助け、回復した子供に名で呼ぶと首をかしげられ、ためしに自分の名を言うようにといえば名前という言葉さえ知らなかった。
ようやく名前を覚えた頃には連日のように剣の稽古、魔法の練習…遊ぶことを覚えず、戦うことだけを覚えた。
それでもやさしい光を与える太陽のように…いや、闇を照らす月のように育ち、罪悪感を覚えなければならない人はそれに甘え逆に小さな子供を追い詰める。
|