数日後、ようやくご飯を食べられるまでに回復したチューベローズは熱も下がり、傷がふさがるまではあまり動いちゃいけないという言葉を守るようにじっと横になっていた。
やや伏せられた目は両親とも誰ともあわせず、ただ静かに部屋の音を増やさないように細く息をするだけだった。
その手には手袋がかぶせられ、傷だらけの腕を隠すように分厚く守られている。
太陽に輝く銀髪もすっかり色を失い、誰ともあわせようとしない目は一見何色だったか忘れてしまうほど暗い色をともしていた。
突然暴れたり、手首に噛み付いたり、両目をつぶそうとしたのをとめられた後はまるで無気力になってしまった子をホスターは悲しげに見つめた。
そっと近づき、抱き起こすと人形のようにされるがままにだらりと力がない。
「おなかすいたろ?まだおかゆだけど…ほら、口をあけて。」
両手を塞いでいる為スプーンで口元に運べば素直に口を開き、おかゆを食べる。
一口食べただけですっと目を閉じ、ぐったりと頭をたれる様子に眠ってしまったことを確認し、ホスターはため息をついた。
おかゆの入った器を置き、横たえると玄関をたたく音がし、そのまま立ち上がる。
「あの後チューベローズの様子は変わったかい?」
「クラリスさん。だめです…。何を言っても無反応で…。」
たずねてきた召喚術士のクラリスはホスターと話しながら家に上がり、子供の隣の部屋で現状を話しあう。
「いろいろ勇者の紋章について調べたんだけどね。勇者の紋章ってのは2種類あって、生まれたときから持っているものとそうでないもの。内側から邪を消す力を持っているらしく、負の感情を打ち消してしまうんだって。教会とかで紋章を得た人はそういう負の感情を持ち続けると消えてしまうけど、天性の勇者は消えることはないんだそう。」
ばさりと資料を広げるクラリスにホスターとシュリーは興味深げに読み始めた。
勇者のもつさまざまな特徴。
そこには元気だった時の子供にぴったりと当てはまり、ホスターはシュリーの肩を抱き寄せた。
「あのこはきっと…自分に対して負の感情を抱いてしまったのだろう。紋章は酷く混乱したに違いない。このままでは勇者の身に危険が及ぶと。でも魔物を倒すことを宿命としている以上、自分を化け物だという勇者の意思に魔物を倒す本能が働いたに違いない。結果、全部の感情を押さえ込んでしまったんだろう。」
「天性の勇者って言うのは魔王を倒す以外に道はないのか?これじゃああんまりだ。」
資料に目を通していたホスターは顔を上げ、クラリスに救いを求めるような目を向ける。
クラリスはそっと首を振るとはっとしたように隣の部屋に顔を向けた。
首をかしげる夫婦に静かにするよう言うとそっと戸を開け、中をのぞき見る。
「ぼくのなまえはチューベローズ。ぼくはゆうしゃ。ぼくは7さいのゆうしゃ。とくいなまほうは緑。おかあさんのなまえはしゅりー。おとうさんのなまえはほすたー。」
ぺたりと座り、おかゆを口に運ぶたびに確かめるように呟く子供はまだガラスのような目を少しいつもより開け、手袋ごしにスプーンをつかみ、小さな子供のように食べていた。
「このまま少し様子を見ましょう。ちょっとずつ成長を手繰っているように見えるわ。」
満腹になったのかお椀を落とすとそのまま倒れ、眠りに入る。
部屋に入ると空になったお椀を片付け、汚れた口元をぬぐいシュリーは小さい子供をあやすように抱いて上げた。
「この子を…守ってやりたいのにどうしていつもこうなってしまうんだ…。」
白い肌が日に当たり、そのまま溶けてしまうのではと錯覚してしまう。
実際、あの時は雪に埋もれたわが子を見失いかけていた。
そして体を温めるのに消えてしまうのではないかと不安がよぎった。
あの木苺を食べて微笑んでいたのが嘘の様な変貌に、今度こそ失ってしまうのではと不安に駆られる。
「チューベローズは…勇者として生きるのには優しすぎる…。」
しっかり抱きしめても頼りない感触はそのままチューベローズの心を現しているかのようで不安になる。
それから二週間がたち、突然丸一日眠り続けたチューベローズは目を覚ますなり心配げな顔で自分を覗き込む両親に驚き、目をしばたかせた。
「また僕…熱出して寝てたの?」
よかった、と自分を抱きして泣いている両親にチューべローズは戸惑うような声を上げた。
きょとんとした様子であたりを見回すチューベローズは痩せた自分の体に目を向け、急に不安げな表情になる。
「チューベローズ…お前覚えてないのか?」
何が起きたのか、というチューベローズに父ホスターは覗き込み、澄んだ眼を見つめた。
「丘に登って…頭が痛くなって……あれ…。僕いつおうちに戻ったの?」
眉を寄せ、考えるチューベローズは丘に登ってからどうしたのか、まったく覚えていなかった。
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