知らせはあっという間に国中に広がった。
周辺を結界で覆い、何とか拡大を防ぐ。
だが、ケルピーが感染して周辺の住宅にまで広まっているということは、
すでに広まっている可能性がある。
国からはどうにか逃げようと港に向かうものがいたが、船がでない。
ちょうど定期便が出てしまったのだ。
一部の博士らは何かあったら大変と、兵器やそれに類する資料を図書館最奥の禁書棚へと移し、
すでに感染しているものからデータを集める。
ティートは自らに起きている事を見逃さないとばかりに常に観察し、記録する。
助手は精霊に聞こうとしたが、精霊たちは皆恐れてこの国から消えてしまった。
解読が終わり、解毒薬の開発に乗り込んだティートだったが、
助手が仮眠から覚めるとどこか空を見上げている。
ここ最近見るようになった行動だったが、様子がおかしい。
「ティート先生?」
「わたしはきのうねていたのか?いや、それよりもなんだこのきごうのられつは。」
まったく脈絡のない話に助手は背筋を震わせた。
恐れていた事態が起きてしまったのだ。
「あ、けるぴー。なぁなぁ。こんどうみでしょうぶしろうじゃないか。」
「てぃーと、おまえにはもうまけないぞ!」
わーわーと騒がしいボルケーノ国の双璧であった二人。
その二人の頭脳が完全に感染してしまった。
呆然とする助手だが、このままでは研究どころではない。
そう判断し、念のために別室で作業をしていた同僚に
今までの研究資料の写しとサンプルをもたせ港へと走る。
「どっどうしたんですか!」
驚く同僚を自国に帰る団体に押し込んだ。
「これまでにわかったことで、この国で生まれたものでない者は症状が比較的軽い。
お前はティート先生を慕ってこの国に来た。
ケルピー博士の生み出したものであるならば仰っていた様に
この国以外での活動ができない菌なんだろう。
いや、この国の種族と気候が関連しているという所までわかっている。」
鞄を押しつけ、眉をひそめる助手は悲しげにうつむいた。
彼は生粋のボルケーノ国出身で家族もまた、この国の生まれだった。
「私ももうそろそろ発症するだろう。
もうその報告に関しては発表済みだ。
だから此処にいるのも異国の博士ばかり。
もう…この国はダメだ。
できればワクチンを…私たちの代わりにワクチンを…。
頼む…。キホーテ。」
船の汽笛が鳴り、助手ははなれる。
港に残ったのはこの国の出身者で感染の可能性が濃厚なものたちだけだ。
手を振り、見守る助手に同僚はあらん限りの声で叫んだ。
「クレイジンさん!!必ず…必ずワクチンを!!
私だってティート先生の弟子です!!必ずワクチンを!!」
遠ざかる船が小さくなるまでボルケーノ国民たちは希望を乗せた船を見守った。
それから世界的にも大きく変化があった。
4つ腕の魔王が若い吸血鬼に倒され、魔王が変わり、
チョングオ国は内乱で国ではなく種族ごとの集落になり…。
ボルケーノ国はその輝かしい歴史を吹雪に隠していつのまにかヴァッカーノ国と名を変えて…。
そして世界中に散らばっていた技術は扱える者がいなくなったことで
ロストテクノロジーといわれるようになった。
ある国では一人の女性が先祖の残した書置きから、まだ見ぬウイルスのワクチンへ思いを寄せていた。
まだ現役と言い張る祖父の鎧に細工を施す手をとめ、窓から見えるはるか遠くの国の方角を見る。
いつか先祖の願いをかなえるために。
その方角では一人の女性が凍てつく氷の上を波の音に合わせ踊っていた。
「あっちにいくとおもしろいものがあるのぉ?じゃあいくー!」
彼女の周りでふわふわと舞う青い光に向かって話すと、
遠くに聞こえる雷鳴と波の音。
その二つにリズムをとり体が動くがままに踊る。
ーfinー
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