ティートは騒ぐ周囲にため息をつき、最近見なくなった知人を思い浮かべる。
いつだって努力し、1番になろうとがむしゃらに突き進むケルピー博士。
古くからの知人でいつの間にか競うのが当たり前になっていた。
 研究一色だった自分とは違い、研究仲間の女性と結婚し子供までいたケルピー。
だが、その妻子は彼が不在の研究室での爆発事故により……。
気を失った彼は目が覚めた時妻子のことを忘れてしまっていた。
いや、そうふるまっていただけかもしれない。
 なぜなら海鳴石の研究は彼女が率先してやっていた研究。
どこか茫然としていた彼は研究を再開するとそれを手に取った。
そして彼女の資料を自分のものだったかのように手に取り、その続きを行っていたのだ。
 
 何度も潜りながら探す姿に何かできないものはないかと、
助手とともにそれになり替わるものを模索した。
 
 その結果、精霊の力もあり人工的に海鳴石を生み出せるようになった。
だけど…知らなかったのは彼は効率よく、
かつ安全に海底から海鳴石を採取するための技術を考えていたこと。
 発明は画期的で、人の作りだしたものよりやはり自然のものがよいと考えたほどだった。
おそらく彼女のために生み出したと思われるその技術。
 なのに自分の発明のおかげで彼の技術は人の関心を集めなかった。
呆然とする彼になんて声をかければと、考え何も言えなかった。
 
 今回もまた彼の生み出した呪札は自分じゃ考えつかないようなもので、
これさえあれば無理に戦わずとも守れる、と確信したほどだった。
 
 
   
 なんていつもタイミングが悪いんだろう、と大きくため息をつく。
それにしたって姿が見えないのはおかしい。ひとしきり騒ぎが静まった夕方。
精霊と会話する助手を残しケルピー博士の研究所兼自宅を訪ねる。
 聞いた話では荒れに荒れてとうとう助手たちが避難してしまったらしい。
今度こそきちんと話して和解しよう。そう思い戸を叩く。
 それにしてもこの近所はとても静かだ。彼が聞いたら怒るだろうが正直うらやましい。
「あれ?いないはずは…ケルピー博士、入るぞ。」
 戸が開いているのに気がつき、そっとあける。
 中は薄暗く、手探りで疑似電撃魔法の明りをつけた。
中は不気味なほど静かでうっすら埃がつもっている。
 本来ならば全自動清掃人形が綺麗にしているはずが、魔力切れだろう、
ぐったりと座り込んでいた。
 それに簡易魔力装置を差し込み、魔力を与えると早速掃除を始める。
 見たことのない赤い光がともっているが、
どうやらケルピー博士の自作のようでそれが何を意味しているのかがわからない。
 研究室は地下にあり、ティートは迷わず階段を下りるとわずかな物音が聞こえた。
最悪の事態でも、と考えていたティートはほっと胸をなでおろすが嫌な予感がする。
「ケルピー博士?」
 何かを叩く音に眉をひそめ、戸をあけると背を向けたケルピーが椅子に座り足で机を蹴っていた。
 首をかしげ、入ろうとするティートの足元に紙が落ちており、屈んで拾う。
「何だこれは?落書き?」
 書いてあったのは彼の几帳面な何かの設計図と、その上に書かれた稚拙な絵。
男と女と小さな子供。
 さぁっと青ざめるティートにケルピーが振り向いた。
「てぃーと、こんばんわー。かってにいえにはいったらだめだよー。」
 間延びした声は到底知性を感じられない。
 
 だが、不意に信じられないものを見る目になると不気味に笑う。
「ティート、お前ももうおしまいだ。
 いつもいつも私の研究を、名誉を…みんなみんな奪った罰だ。
 この私の開発したバカニナールウイルスでお前も馬鹿になるんだよ。
 この菌はこの国でしか生きられない。私をむげにした罰だ!!
 私から愛する者を奪ったこの世界が悪いんだ!!」
 高く笑うケルピーは再び呆けた顔になると写真に目を落とし、あたりを見回す。
「なんでみんないないんだろう…。あぁ。みんなかくれんぼしてるのかな?」
 薄く笑うケルピーにティートは呆然とするがすぐさま部屋に散らかった紙を集める。
 
 おそらく彼が作り出したのはなんらかの菌。
それも人の頭を馬鹿にするという恐ろしいものだ。
ここに来た以上自分は感染しているに違いない。
ざっと部屋を見た所、最後に見たあの時から作っているとしたら症状が出るまで一週間はあるのがわかった。
 その間にワクチンを作って国中に配布し、自分とケルピーに打ち込んで…。
「できるはずがない…。こんな複雑なもの…。」
 かろうじて見える公式や術式を見るだけでも非常に複雑だ。
おまけに肝心の研究資料がこうなっていては解読から始めなくてはならない。
 周辺の民家が静かだったのは…皆感染してしまったのだろう。
一刻の猶予もない。