願いのナッツ

 
 

 
 3軍を率いるキスケ。
メスハムスターの彼女が好きなのは木の実。
一番好きなのはひまわりの種。あまり好きじゃないのは野菜。
ということで食生活も若干木の実寄りになりがちだが、特に気にはしていない。
以前まだ普通のハムスターだったころの主人がいつも気にしてくれて、
でも不満そうにしていると必ず困った顔をして木の実をくれたあの味が忘れられない。
 
 黒い種をかじっていたキスケは不意にそれを思い出し、苛ただしげに種を噛み砕いた。
 昔まだ生まれてまもなく屋台で売られ、弱弱しかったがためにこれは売り物にならないな、
と見捨てられていたところをかわいい、と優しい手で掬い上げてくれた。
 店主は自分をオスだと言い、あの人は純粋さゆえに信じた。
 
   結果キスケ。
 
 まぁそういう女の子もいるだろうと、種をかみ締めながら大きく息を吐く。
 たくさん可愛がってもらったし、あの人の魔力のおかげで体も丈夫になったし、
いつも一緒に寝てくれたし…。
 お風呂一緒に入ったり(桶に入ってたけど)…
あの人間達のせいでやさしかったあの人はいなくなってしまった。
 魔物になって話せるかと思えば、なかなか言葉を習得するのに時間がかかってしまっている。
 大きさが違うために並んで歩けやしない、と種を飲み込んだキスケはお昼寝しようとふかふかの藁の上に身を丸め眠りに落ちた。
 
 
 朝日が顔に当たり、よく寝た。と伸びをするとちくちくと痛い藁に首をかしげる。
いつもならとっても気持ちのいいふかふかの藁なのに…。
 寝床を見下ろしたキスケは一瞬思考が停止し、自分の手を見る。
そのまま恐る恐る顔をつねれば痛い。というか毛が無い。
慌てて立ち上がり、姿見にしている手鏡へと向かうが足がふらつき、うまく立てない。
 手を突くと違和感があり、仕方なく2本足で歩くとようやく鏡の前へとたどり着いた。
いつもなら少し大きな鏡は今は少し大きな手鏡ぐらいしかなく、顔ぐらいしかわからない。
 それでもキスケは鏡に映る姿に目を疑った。
鏡に映っているのは驚いた顔の少女。
 顔の横から出ている耳はふさふさの獣耳だが、見開いている大きな目、
鼻、口はどう見ても人。
 いつもどおり話そうとするが、あーやうーなどの意味の無い言葉ばかり。
どうしよう、とパニックになるとノックの音が聞こえ、慌てて窓から外へと飛び出る。
 
 途中、干されているシーツをとると体に巻きつけ、生垣から生垣に潜り抜けた。
どうしようとあまり考えずに人目を避けながら庭を駆け抜けた。
 ようやく立ち止まり、息を整えると辺りを見回す。
知らない誰かの屋敷に入ってしまったらしく、見たこともない花々が咲き乱れている。
 フローラの庭は猛毒植物やバラなどが中心だが、
ここは優しい雰囲気の花々が風に揺れ、ほのかに漂う香りが鼻を掠める。
 とりあえず、いつもどおり木に登り、辺りを見回そうと大きな木によじ登った。
簡単に登れるだろうと考えていたが今はシーツを巻き付け、なれない2本足。
悪戦苦闘の末、どうにかよじ登ると枝に乗り、ほっと息を吐く。
「誰?」
 突然聞こえた声に驚き、バランスを崩すとそのまま枝から転がり落ちる。
誰かに抱きとめられ、瞑っていた目を開けると以前の主人、
チューベローズの顔が近くにあり、驚きで顔を赤らめた。
 
「勝手に入っちゃだめだろ?っと…
 普通入れないように一応結界張ってるんだけどなぁ…。誰かの屋敷のお客さん?」
 あまり見ない獣人だな、と首をかしげる姿に、
思わず飛び降りるとやはりなれない足が立てずに転びかけてしまう。
反射的にチューベローズの差し出した腕に抱きとめられ、尻餅はつかなかったが、
そこでローズは気がついたようにうなずく。
「急に獣人化できるようになってビックリしちゃった子か。
 と言うことはキスケのお客さんかな?耳、ハムスターっぽいし。
 言葉は…発音の仕方が違うってハナモモ言ってたから無理かな?」
 キスケ、と言われ内心ドキッとするがチューベローズは気付かず、
どうコミュニケーションとれば、と悩んでいた。