四天王に拝命され早1年。
ようやく引き継ぎの資料が大まかに片付き、現在進行している情報と過去の情報とを
まとめていた小さな鬼は自室で大きく伸びをしていた。
総合的なところにいたためこういった事務作業は苦ではないが、
そろそろ実戦に戻りたいとも思う。
副将のタマモやクラマとともに訓練をしてはいるが彼らは剣士ではないため、
技のスキルがなかなか上がらない。
師匠である伯父に訓練してもらうのも考えたが、大叔父の指示で現在武者修行中でいない。
魔剣士一族の長の弟である大叔父は立場上、一族の恥であるウェハースの関係者とは接することができないと、先日告げられたばかりだ。
とりあえず体を動かそうと、訓練所へと向かっていた。
魔界側の敷地内にある大きな訓練所もいいが、一人なんだし魔王城にある鍛錬所でいいかな、
と目前に来ると使用中であることが気配でうかがえる。
扉をあけると真っ先に銀色の閃光が目に入り、思わず足をとめた。
「ハナ、そんな攻撃じゃ僕の髪すら切れないよ。」
2人の魔人らに囲まれながらくるくると回転する銀色は、大犬の足を払い
魔剣士の剣を受け流す。
魔剣士族でも最も強いとされる大叔父、ストロンガスの攻撃をいとも簡単によけ、
起きあがった大犬の剣をもよける。
「ハナモモ、ストロンガス。そろそろ時間よ。
次で決められなかったらあきらめなさい。」
壁際にいる耳の後ろに長い角の生えた女性…鬼ではないようで
耳が鰓のような形状になっている。
どうやらこの女性が渦のドラゴンの化身なのかと注意深く観察するキルに、
ドラゴンは気がついたように軽く会釈をした。
甲高い金属音が聞こえ、視線を戻すと大犬の剣を弾き飛ばし、
ストロンガスに剣を突き付けている四天王長の姿があった。
肩で息をしている四天王長だが、ぐったりした様子はなく、
ただ激しい運動で呼吸が乱れてしまっただけらしい。
不意に顔をあげたストロンガスは入口にいるキルに気がつくと複雑そうな視線を向けた。
キルもまた居心地悪そうに視線をそらす。
「四天王長命令。魔剣士一族の他の目がない時ぐらい素直になれないのは
一生僕の部屋に来なくてよろしい。」
気まずい空気に出直そうかと考えるキルに、若い声が聞こえる。
慌てた様子の大叔父だが、迷っている普段見られない姿にキルも戸惑う。
「まったく…ストロンガスさんも当主の弟で制約あるのはわかるけど、
なんだってこう素直になれないかなぁ。
将来有望な魔剣士の師の話、当主から止められたって言えばいいじゃんか。」
やれやれとため息をつくジキタリスはドラゴンから受け取った水を飲む。
「そっそれをどうして!?」
「一昨日魔剣士の当主、アルマさんに呼ばれて相談持ちかけられたの。
一軍内に魔剣士一族の有力者が多いもんで。セイ、先戻ってて。
ハナに説教したいから。」
背中を押しだされ、たたらをふむストロンガスはキルに視線を合わせると
厳格な面持ちをやや赤く染め、片手で覆い隠した。
静かに立ち去ったドラゴン…セイに慌てる大犬のハナモモ。
「先程の話は…。父のことが原因で私に教えはつけられないのでは…。」
「いや…。まぁ…それが一番大きいんだが…。
キル…ファザーン殿はまだまだ伸びるうえに無限の才能を秘めておられると…。
兄を説得しようとしたのだがそれはならないと…。
その…爺様らに言いくるめられたのがその…。ちょっと悔しくてな。」
眉を寄せるキルに気まずそうに視線をそらすストロンガスは、
顔を覆ったまま深々とため息を吐いた。
そういうことだったのか、と内心思うキルだが知った所で修業を受けられるわけじゃない。
曖昧に返事をし、ハナモモと話す四天王長に目をとめた。
確か歳は自分と60離れていたはず。なんでも勇者だったのが魔物になり、
吸血鬼と淫魔のハーフだとか。
|