すまないな、と軽く頭を下げる大叔父は何か仕事があるのか、
そのまま退出してしまった。
「ノーブリーだったね。どう?慣れた?」
 気配も立てずすぐそばにやって来ていたジキタリスの声に内心驚くキルだが、
驚いたなんてこと知られたくはない。
「はい。やっと引き継ぎが終わった所で…。久しぶりに体を動かしに来たんです。」
 ほほ笑むジキタリスに内心、嫌な印象を抱くキルはやや硬く答える。
視界の端でハナモモが眉を寄せたのが見えたが、副将はどうでもいい。
「そう。んじゃあどうせ今日暇だし僕の相手してよ。2軍の実力ちょっと興味あるし。」
 特に気にしていない様子のジキタリスはキルの腰元にある短剣を示し、
優しげに顔を和ませる。
「そうですね…。真剣でいいのですか?私は暗殺をメインとした剣術ですが。」
「大丈夫大丈夫。そんなので死んだら魔王様に100回以上殺されてるって。
 容赦ないもん。」
 挑発的に返すキルに、ジキタリスは笑いながら答えた。
そんなの、と言われたキルのこめかみがヒクリと引きあがった。
自分が必死に磨いてきた剣術を…。
 
 ジキタリスが身がえるよりも先に、素早く短剣を引き抜くと背後にまわり
ガラ空きの背中を薙ぐ。
全く反応していなかったジキタリスにその程度か、と口元を歪めると振り向きかけ…
「せっかちだなぁ。ハナ、剣貸して。短いほうでいいよ。」
 鼻頭をはじかれ、キルは目を丸くした。
無傷の四天王長はハナモモの投げて渡す剣を握ると視界から消える。
 反射的に前に飛び出すキルの裾をジキタリスの剣先がかすめ、小さな布片が舞う。
「今僕の気配に気がつかなかったでしょ。
 2軍の頭ともなろう人がこれぐらい気がつかないと。」
 笑うジキタリスにキルは驚きから立ち直り、顔を赤らめた。
殺気を放ち、まだ小さな角に力がこもるとキルは怒りのままに飛び出した。
 
 なんなく剣で受け止めるジキタリスは涼しげな顔で、
怒りのままに剣をふるう小さな鬼の剣をさばいていく。
「ほらほら。剣が雑だよ。そんな力任せの攻撃じゃ速やかに行う暗殺はできないよ。
 できたとしても殺し方が美しくないね。」
 無理に受け止めるのではなく、キルの剣を右に左に上に下に…
力を分散させるジキタリスは持ち方や動きにまで追求する。
 さらに力を込めるキルに苦笑すると大きくふるった剣をよけ、
体勢を崩すキルに蹴りを入れた。
 全く反応できなかったキルはそのまま跳ね飛ばされると床を転がり、すぐに起き上がる。
 はっと眼の前に剣を掲げると尋常でない振動が腕を走り、思わず短剣を落としてしまった。
「はい。お疲れ様。ほとんど独学だったろうけど…あれかな。
 100点中40点の赤点かな?」
 腕がしびれているキルにほほ笑むジキタリスは副将を連れ、
鍛錬所から立ち去ってしまった。
 残されたキルは悔しさがこみ上げ、力任せに壁を殴りつける。
硬い岩でできた壁はびくともしないが、少し気が落ち着く。
 いや、落ち着かない。
 
 
 嫌な奴
   嫌な奴
     嫌な奴。
 
 さっさと仕事を切り上げ帰るキルは、いつも欠かさず行う母への
今日一日の出来事などの雑談をせず、そのまま部屋に戻った。
 
   
「ジキタリス様…何もあそこまで挑発しなくても…。」
 大柄の獣人、ハナモモのため息交じりの声にローズは振り向いた。
「あぁ。キル君ね。ちょっと彼も彼で素直じゃなかったんで、
 ちょっと素が知りたいなって思って。
 本心を隠したまま成長するとろくな奴にならないしね。
 誰にでもいい子じゃなくたっていいんだからさ。」
 ハナモモの問いかけに一瞬遠くを見つめるローズだったが、にこりとほほ笑んだ。
首をかしげるハナモモの肩を叩き、屋敷に戻っていった。