キン!と甲高い音を立てキルはしびれる腕を抑える。
短剣を拾うのももどかしく、ジキタリスの足元をすくうように足を払った。
視界の端で見えていたのか軽い自然の動きでよけるローズは逆に、
キルの肩を軽く押し出す。
不意を突かれたキルはバランスを崩し、思わず尻もちをついてしまった。
「32回目…だね?」
差し出された手を叩き、立ち上がるキルに手を振るローズは苦笑いをする。
「相変わらず力ばっかり頼ってる攻撃じゃ何度やっても無駄だよ。
落としてあきらめるのはなくなったけど、武器を拾わずに戦うのもどうかと思うし。
ましてや僕は剣をもっているのに…。無謀、無計画、無鉄砲……。
噂で聞いていた2軍四天王の実態ってそんなものなのかな?」
口元をあげるジキタリスにキルの殺気の籠った目を向け、威圧しようと試みた。
にこりとほほ笑むジキタリスはじゃあね、と闇の中へ体を沈めながら消えていく。
残されたキルは腹いせに壁を殴りつけると仕事に戻った。
小さな音さえ立てまいとクラマは筆さえ慎重に置き、
わずかに鳴った音にちらりと部屋の主をうかがい見た。
ここ数日いらいらとしている2軍軍団長キルは気にしていない風だったが、
先程のやり取りを思い出し思わず筆を握りつぶす。
ノックの音が静寂を割ったのはその時だった。
2軍はさまざまな情報を扱う機密部署。
おまけに通常勤務の部屋から此処に来るまでの廊下には、
情報を守るためのトラップが張り巡らされている。
一つでも作動すればこの執務室にその知らせが飛ぶはず。
部下でさえ10個くらいはいつも引っかかっているといるのが日常。
思わずタマモは罠の作動を確認するが何一つ作動していない。
何事かと扉を見るキルは気配を探るが、いまいちつかめない。
がちゃりと扉が開き、クラマは変化させていた右手を鋭い鉤爪に戻し、
いつでも飛びだせるよう身構える。
「入るよ。前も2軍来たけどやっぱり階段からここまで見た目以上に距離あるねぇ……
びっくりしたよ。」
銀色の頭が扉からのぞき、飛び出しかけたクラマは目を丸くした。
振り向くように廊下を見るジキタリスはつぶやくように言う。
「しっ四天王長様!?よっよく廊下のトラップにかからず…。」
思わず声が裏返るクラマにジキタリスは首をかしげ、小石を出すと手近の壁に投げる。
鋭い槍が飛びでるとおおっ!と驚きの声をあげた。
「あ、距離が長く感じたのそれか…。貧血でくらくらしてたから周り見てなかった。
だからホースディールも吃驚してたのかぁ…。」
感心するようにいうと手元の資料を思い出したように見る。
驚きを通り越し、呆れる副将らは急に気配が変わったことに背筋を強張らせた。
「少々時間を浪費した。すまない。先日傘下に収めた町で不穏な動きありと、
そういう報告が1軍の3番隊第2小隊からあがってきた。
報告者は陸に上がれない人魚族のため至急裏取りと、
違反者がいれば即座に最も目立つ場所に晒す様に。
また、天族から刺客が来るとの情報あり。
冥・闇属性の実力者以外は退去させること。
情報が確定次第、周囲一帯の人間、魔界人らを退避。
一軍2番隊と僕が対処する。」
詳細はこれに、と紙の束を身近なタマモへと渡す。
「さてと…あぁあともう一つ用事があったんだ。
銀狐タマモ…って君でいいんだよね?
織り鶴達が染料欲しいっていうから色悩んでいたんだけど、
頼んだ本人に聞いたほうがいいかなって。」
初めて会うタマモにローズは首をかしげると用件を伝える。
声をかけられたタマモも驚いたように首をかしげるが、
何かを思い出したように両手を合わせた。
「確かに妾が織り鶴に頼んでおったものじゃ…。
もしや近頃とてもよい染物じゃと思っておったが…。
四天王長殿の屋敷から取っておったのか…。」
「うん。前にあげたラベンダーが気に入ったみたいでよく来るんだよ。
仕事終わったら僕の屋敷まで来てね。たぶん…庭にいると思うけど…
居なくても庭にいてくれると助かるかな。シャムリン達が知らせてくれるし…。
それじゃあ失礼するよ。」
手を振り、退出するローズにタマモはご機嫌な様子で尾を振った。
退出の際もまったく罠にかからなかったらしく、試しに出した槍以外が発動した気配はない。
なんとなく面白くないキルはタマモから巻物を受け取ると、
不機嫌そうに眉を寄せたまま目を通しはじめた。
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