始まりの終わり

 
 

丘の上から平地を見下ろしていた青年は遠く、崖の上に立つ巨大な建築物に一瞥をくれると丘を下り森へと入っていった。
 
 草むらから飛び出した野うさぎを短剣でしとめ、感謝と謝罪の言葉を述べると簡単に調理し残さず食べる。骨と毛は地面に埋め自然へと返した。
 手を払い、いつでも手の届く場所に置かれていた剣を抜く。
すらりとした長い刀身には細かい傷がついており再生には時間がかかりそうだ。
やれやれとため息をつくと草むらに寝転がる。
引きつれるような痛みが腕を走るがすでに傷は見えない。
空を見上げ、視界に入る銀色の糸…髪を押さえた。
 
空は青く澄んでいる。
つい3日前まで魔王城にいて生死をかけた戦いをしていたのがうそのように静かだ。
仲間は戦闘不能になり、外へと運び出されどこに行ってしまったかわからない。
それ以前に、もう仲間に会う気はなかった。合わす顔がなかった。
勇者として育てられ、周りに期待され仲間に信頼され…それに必死にこたえて…。
だがかなわなかった。また出直せばとも考えたが、その後どうするときかれれば答えられない。
 
 自分に目的がないことに気がつき、ただ呆然としていた。
周りに勇者と見られ必死に希望通りの勇者になろうとして結果、何も残らなかった。
 脳裏に響くのは闇の水晶から得た心の闇の声。
道具としてしか見られていなかった自分。
無力で…
愚かで…
どうしようもない自分に腹立たしさがこみ上げてくるが、大きく息を吸い込み飲み込む。
指にかすかにふれる感触があり、そっと目の前にかざす。
そこには真っ赤な羽に黒い斑点をつけた丸い虫が頂上を目指し、指を上る姿があった。
上ると羽を広げ次の場所へと飛んでいく。
彼らは生きるために餌場をさがし自由に飛んでいく。
起き上がると背に力を込め、片翼の翼ともいえない代物を出した。
光だけでできたそれはまるでどこかの壁画にかかれている翼のように抽象的で、
どうやって離れている翼も動かせるのだろうかと疑問しかない。
飛ぶことのできない片翼はただ、勇気の印の自由の翼を象っているだけで自由はくれなかった。
消した後にはわずかな羽が残っており手に取る。
自分とは真逆な色だなとつぶやくと風に乗せ飛ばしてしまった。
真っ白な羽はふわりと高く舞い上がり風に攫われる。
 
 
愛し愛される。それが勇者だと聞いた。
しかし、自分は他を愛した。でも見返りは来なかった。
異質な姿に異質な強さと呪文。誰も心から愛することはなかった。
ただ好奇心をむき出しにした目で見つめ、影で怪しむだけ。
そして、自分は命を愛した。それは魔物にも平等だった。
魔物を切るたび、魔物を消していくたびにずきずきと痛む心はいつしか麻痺していたが、それでも愛した。狂うほどの愛と憎しみを抱きながら魔物を殺し続けた。
それは亀裂を呼び、いつしかゆがんだ形で元に戻ろうとした。
まだ憎しみを抱くことのなかった人間がいるということが支えだった。
 
     でも裏切られた。

 そしてゆがんだ愛を与えられ、自分はそれにすがった。
それでもかまわなかった。
愛されるのならば。
自分を見てくれるのならば…。
 
 それを自分は自ら壊し殺した。
初めて“愛”をくれた人を殺してそのまま心を封印してしまうとも思った。
だが封印されたのは記憶。
穢れを知らなかった自分と知ってしまった自分との間には大きな溝が生じてしまった。
そして使命感のままに闇の水晶を破壊しに向かった。
壊した瞬間、開いてしまった溝を飛び越え闇である僕を見つけ苗床にした。
そこから伸びた橋に溝は埋まり変な形で結ばれて、心を封印することは出来なくなってしまった。
僕のことを思ってのことだからうらむつもりも何もないけど、それでも一つ僕は自由を失ってしまったように思えた。
 
 
 巣くってしまった闇は僕を蝕み、夜は一人でいるのが不安になった。
与えられてしまった“愛”がないと不安になって苦しくて悲しくてつらくて…。
気がついたときには闇を求めていた。