ふと、真夜中に目を覚ましたソーズマンは起き上がり、縁側に出る。
そこはちょうどふり終わったばかりの新雪が積もった雪に乗りかかり、キラキラと光を放っていた。
ふと、ぼんやりと明るい月夜の下、一輪の花が雪を乗せたまま咲いているのが目に入った。
何という花だったか、はっきり思い出せないが、夢で見たあの幼いころの笑顔が頭をよぎる。
「今思い返せば、あれが初恋だったのかもな。瞳に見つめられるとドキドキが止まらなくて、ごまかすためにお前の眼が怖いなんて友達に言ってしまって。あれ以来、お前はまっすぐ人の目を見なくなって…。なんでだろうってすっげぇ怒った。けど、傷ついたのは…俺だけじゃなくてあの時、物陰で聞いたお前だったな。」
右肩に重さを感じ、ただ花を見つめながらソーズマンは呟く。
「俺さ、本当にガキだったよ。お前が無理やり背伸びして、自分のこと押し殺してまで、押し付けられた重役背負ってもがきながら進んでいたのに…あんなことで癇癪起こしてさ。理解しなくてさ。そんな重役、捨てちまえばいいなんて簡単に思っててさ。」
馬鹿だった、というと右肩への重さが増え、ソーズマンの右手だけが華奢な肩を抱え込み細い糸のような感触を感じながら静かになでる。
「思い返すといろいろお前にやらかしたな。泳ぎに行こうって誘っておいて、俺は他の奴と一緒にサーカス見に行って…一人で先に行ったお前がおぼれて…。顔を水につけるのが怖いって、お前を泳げなくさせた。目を合わせないようにって、お前に愛想笑いを覚えさせて。もう嫌だと叫ぶお前の葛藤を知らずに安易にもう旅をやめようなんて言って…お前の心を砕き続けて…」
ふるふると揺れる手元にほっと白い息を吐くソーズマンはなでる手を続ける。
「そんな俺がいまさら言うのもおかしな話だけど、あの時…窓からのぞき見たあの時、俺はお前を好きになった。ユーチャリスとは当然別枠でな、きっとこの先も…天族に生まれ変わっても変わらないと思う。だから…覚えていてほしい。最初にお前の右腕になった俺のことを。冷たい雪の中、必死に咲く花を見つけた時喜びを。」
「忘れられたら苦労しないだろうさ。」
肩から離れ、こつんと頭をぶつける感触にソーズマンはくすくすと笑った。
「お前こんなところに来てていいのか?」
「後でものっすっごく怒られる。けど、ソーズマンには会わなきゃいけない気がした。初めて温かさを教えてくれた人だったから。」
返答に笑うソーズマンは息を吐くと立ち上がった。
同じように立ちあがったローズはまっすぐソーズマンの眼を見つめる。
幼いころ、ごまかすために嫌いだと言った眼はまっすぐソーズマンを見つめ返す。
まっすぐ見つめる瞳は魔物の力を使っているおかげもあるだろうがキラキラと光り、最期に見れてよかったとソーズマンはほほ笑む。
「じゃあね。」
「あぁ、お前こそ、体に気をつけてな。」
頭をぐしゃぐしゃになで、反論する前にしっかりと抱きしめるソーズマンに、ローズがささやく。
ソーズマンの答えにローズは笑うと、ソーズマンの手を握り、微笑む。
「ソーズマン、あったかいね。」
「ローズもあったかい。」
子供のころ見慣れて…村を出る前から失われていた本当の笑顔に小さいころに戻ったように笑い返すソーズマンは空いた手を降ろし、あの花を見つめた。
逆境でもなお、凛と咲く一輪の花を弟のはにかむような笑顔に重ねて。
-fin
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