「ソーズマン。」
 もやもやとしながら一夜を過ごし、腫れぼったい眼をこすりながら目を覚ましたソーズマンに朝一番父が声をかける。
びくりと肩を揺らすソーズマンだが、父は偶然にも別の何かを見ていて気がついた様子はない。
「昨日チューべローズが一人で走っていたときにぬかるんだ土で転んだらしくてな、両足を怪我したばかりか、体を冷やしてしまって熱を出して今寝込んでいる。様子を見て4,5日は来ないからもしも勝手に抜け出してきたらすぐに知らせてくれ。あの子は一度決めたことを無理にでもやろうとするから…まったく目が離せないんだ。」
 まったく、という父にいつ怒られるのか、とビクビクしていたソーズマンは目をしばたかせた。
一人で走ったわけじゃない。自分もいたはず。
なのに、チューベローズは一人で、といったという。
おかげで怒られなかったが、どうしてかよくわからない。
「責任感が強すぎる…。どうすればいいんだろうな。」
 深々と溜息を吐くと、畑仕事に行ってくると家を出る父に、ソーズマンは何も言えずにいた。
 
 
 一人で鍛錬をしていたソーズマンが、件の抜け出し癖を発揮している銀色を見つけたのは偶然であった。
たまたま日陰に移動しようとして…たまたま出会った。
「あ…」
 前よりも細くなったように見えるチューベローズはゆったりとした寝間着のままで、目の前に現れたソーズマンに驚いている。
ソーズマンもまた驚いていた。
「お前…。」
「そーずまん…くん。ごめんね。ぼく…“とろい”からいっぱい”めいわく”かけちゃって。」
 驚きを隠せないソーズマンに、チューベローズは少し舌っ足らずな口調でごめんね、という。
「怒られてない?僕…あんまりおひさまの下に出てないから“いろじろ”で“よわい”って。ずっとお部屋でずっと夜だったから…。」
 ごめんね、というチューベローズはまだ熱があるのかほんのりと頬が赤い。
おまけに熱で潤んだ眼があの黄色で縁取られた青い目をやわらげられており、太陽の明かりに照らされてキラキラと輝く。
 まっすぐ見られていることにソーズマンの胸がざわつき、なんだよそれ、と思わず目をそらしてそっぽを向いた。
そわそわしてドキドキしてじっとしていられず、またチューベローズをうかがい見る。
 
 頬がほんのりと赤いチューベローズはふらふらとしており、思わずソーズマンは手を伸ばす。
ぽすっという軽い音共にチューベローズが寄りかかり、火照った頬をソーズマンにぶつける。
「ずっとねてたらだめなの…まおーをたおすゆうしゃだから、いっぱい“ちから”をつけなきゃ…。」
「お前すっごい熱いじゃんか!寝てないとホスターさんびっくりするだろ!」
 うわごとのように呟くチューベローズを抱え、ソーズマンが声を上げると、どうしたのかと母イフナが勝手口から出てきた。
くったりと息子に寄りかかる小さな男の子に驚き、大変と駆け寄った。
「すごい熱じゃないの!大変…すぐ横にならないとだめよ!ソーズマン、お布団しいてきてちょうだい。」
 チューベローズを抱き上げ、熱を確かめる母は息子にそう告げると、ソーズマンはわかったと家に駆け戻った。
 自分の布団を引っ張り出すと後から戻って来た母がチューべローズをそっと寝かせる。
水瓶から冷たい水を汲んでくると、布をひたし額に載せた。
「お母さん、シュリーを呼んでくるから、みていてちょうだいね。」
 いい?と息子をチューベローズの見張りに立て、母はチューベローズの母を呼びに行った。
 
 ぼんやりとするチューベローズの頬に手を当ててみるととても熱い。
「ちゃんと寝てなきゃだめだろ。」
 何がだめか、それをはっきり言うことはできないが、だめなものはだめ、という。
潤んだ目をソーズマンに向けるチューベローズはえへへ、とにっこり笑った。
「そーずまんくんの手、つめたい。」
 嬉しそうに笑うチューベローズに、嫌だったのかな、と考えるソーズマンだったが、それなら笑わない、と笑い返す。
「ローズあったかい。」
 桶に手をひたして適当にぬぐった後もう一度頬に手を当てると掌から伝わる熱になんだかおかしくなってソーズマンは笑う。
「ろーず?」
「チューベローズだと長いから、ローズ。」
 首をかしげるチューベローズにソーズマンはそう呼ぶよ、というと、ローズは嬉しそうにうなずいた。
その笑顔がまるで冬の終わりに冷たい雪から覗いた小さな花のようで、ソーズマンの幼心を温かく満たした。
 
 
 それから十年余りが経ったころ、伝説の一行の勇者の右腕として、唯一無二の親友であり兄として、魔王を倒す旅に出ることになるのはある意味当然の流れだった。