2軍執務室。
巻物を開く音と巻く音。
そして物を書く筆の音だけが静かに響き渡る。
遠くで鐘の音が響き、烏天狗の青年クラマが顔を上げた。
「ノーブリー様、それでは本日より2日間里に戻っておりますので…何かありましたらお呼びください。」
処理し終わった巻物を巻き、棚に戻していく。
「そういえばいつもこの時期里に戻りますけど…何かあるんですか?」
特に行事もなかったはずだし、誕生日というわけでもない。首をかしげるキルにクラマはあぁ、と声を上げた。
「母に感謝する日なのでござるよ。某と妹達と父上とで母をねぎらい、家事などを行うんです。」
年間行事なので、というクラマにタマモも頷く。
「妾も母上がおったときはやっておったのぅ。全く懐かしいものじゃ。」
なつかしむタマモは何かを思い出したのか、くつくつと笑う。
「もしかして最近師匠…ジキタリス様の屋敷で何かしているのは…。」
「はい。今年は某が料理担当になってしまい…料理なぞまともに作ったことがないゆえ、シャムリン殿とジキタリス様にご教授していただいたわけでござる。」
最近聞いた噂を確かめるキルにクラマは溜息をつきつつ頷いて見せた。
「まぁその翌月には父を労う日があり、その日は毎回マッサージをしておりますが…父を労う日はプレゼントなどを贈るという風習になっているんですよ。」
「ほぅ。妾達にはそれはないのぅ…。なにせ常日頃から男は敬われるものじゃからのぅ。」
買い出しがあるので、と足早に去って行ったクラマを見送ったキルは手に持った筆を持て余す。
一応鬼一族にも行事はいろいろあるが、そういえば母を敬う行事と言うのを聞いたことがない。
キルとしてはあまり好きではないが、鬼一族には男尊女卑の考えがある為そういう発想すら生まれていないのかもしれない、と筆を置き墨を擦る。
「母を敬う…ですか…。」
今度、本格的に師匠に料理でも教えてもらいに行こうかな、とキルは上の空で考えた。
「あっ。」
墨で汚れた巻物を作り直していたおかげでいつもより大幅に帰宅時間が遅くなってキルは、そっと鬼火を使い玄関前の松明まで来ると静かに戸を開く。
夕食も湯浴みも自身の所有している魔王城のそばにある屋敷ですでに済ませてある。
さすがに出迎えはなく、ほっと息を吐くキルだがとりあえず手洗いを、と居間のそばを通り過ぎる。
ふと、閉められた障子から明りが洩れており、キルは首をかしげ音を立てないよう細く開いた。
机に突っ伏すように黒い髪が広がっており、細い肩が静かに上下する。
シヴァルは軍属ではないため、念話が使えないず、キルからも送ることはできない。
だから遅くなることも何も伝えられなかったのだが、机に置かれたおにぎりが目に入り深く息を吐いた。
とりあえず、手を洗い、部屋に荷物を置くと母の部屋へと向かった。
掛け布団を手に取ると押入れから引き出し、居間に戻る。
熟睡したシヴァルの肩に掛け布団をかけ、部屋の明かりを消した。
持ってきたおにぎりを自室の机に置くと、食べ終わるまで日誌をつけていった。
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