結局いつものように酒を飲めと捕まったローズをあとにし、キルは自室へと戻った。
シヴァルはすでに戻っていて宴会場にはいない。
軽く書物を読んだキルはいつもならば自室の寝具で横になるのだが、今夜だけは違う。
唯一子ども扱いされる新年会はどこか気が休まる場でもあった。
子供らしい子供の時代がなかったためか、親族からされる子ども扱いに悪い気はしない。
 
 縁側を移動中話し声が聞こえ、キルは物陰に隠れた。
「毎年すみませんね。鬼でもなんでもない僕がお邪魔してしまって。」
 ローズの声だとすぐに判断したキルは話し相手が誰だろうかと耳を済ませた。
「いえ…あの子一人ではきっとすぐに部屋に戻っていました。
あんなに嬉しそうに笑うキルはチューベローズさんが来るまではそうめったにありませんでしたから。」
 かろやかな声にキルは納得した。
以前、父のことでこの家に来たローズにシヴァルは好印象を抱いていたのだ。
「確かに仕事でもなかなか硬いですからね。少しは柔軟になってもらわないと。」
 くつくつと笑う声が聞こえ、つられるようにシヴァルも笑う。
それでは良い初夢をと、シヴァルと別れたローズはここに滞在中いつも使う部屋へと入っていった。
その後を追うようにしてキルは一度は閉じられた障子の前へとやってきた。
 
 
「キル?入っていいよ。」
 声もかけていないのに入室の許可を貰ったキルは部屋の中へと入っていった。
 シヴァルと話している時は宴会から出てきたのではなく、浴室から出てきていたのであろう。
若干まだ乾ききっていない髪が眼に入る。
「ローズさん、酒の臭い全部消えてません。」
「そりゃぁ…あんだけ飲まされればねぇ…。これでも一応全部流してきたんだよ?」
 そんなに酷いかなぁといいながらローズは寝具の近くにお香を置いた。
ゆらりとラベンダーの香りが立ち込めキルが不快気であった酒の臭いが若干弱まる。
吸血鬼でもある彼は一応アルコールの摂取に関しては体内でコントロールできるらしい。
ちょっと待ってと言うと手のひらに凝縮させたアルコールの結晶を出し蝋の代わりに明かりへと置く。
これで少しはましになった?ときくローズにキルは黙って頷いた。
寝具に横になるローズだが若干脇にずれる。
そこへキルが入ると指を鳴らし、明かりを消し去った。
 
「ほんと、どういう年少期を過ごしたのか是非ともみてみたいね。」
「どういう意味ですか。」
「そのまんまだよ。まったく。ほら、さっさと寝る。」
 むっとしたようなキルの声にローズはぽんと頭に軽く手を置いた。
さらにむっとしたような気配を感じたが、ローズは何も言わず寝息を立て始める。
まだまだ僕も子供だなと呟くとローズの腕へと身をねじりいれ、目を閉じる。
ローズであったら変態ではあるが寂しい家庭にはならないだろうなと思いつき、
それも悪くないといつもならば面と向かっていえないようなことを心のうちに呟いた。
常日頃から師匠であるローズが身にまとわせているラベンダーの香りが年始だというのに昨年のたまった疲れを癒される。
 
今年の初夢はなにが見られるだろうかと、年に一度だけ師匠の隣で子供のように横になったキルは静かに寝息を立て始めた。