ひとしきりロードクロサイトに支えてもらいながら泣いたローズは、
顔を洗おうと、泉に来ていた。
「なんかもう…情けないなぁ…。」
大きく息を吐き、水面に写った自分の姿に顔を曇らせる。
昔、妹を守りついてしまった大きな傷を隠すために伸ばした髪。
妹がきれいだと、好きだといってくれた長い銀色の髪。
さっと髪を梳くと剣を抜き、それを掴んだ髪へと押し付けた。
パサリと乾いた音と共に背を覆っていた髪が足元に丸まった。
剣を振るい、髪を落とすとそれをしまい、短剣を取り出す。
「あっ…。」
突然聞こえた女性の声にローズははっと手を止めた。
「よければ切りましょうか?」
その声に一呼吸置くとローズは振り向き、黙ったままの親友夫婦をみた。
「ではお願いします。」
短剣ではなく、ナイフを渡すと背を向けこしかける。
手際よく銀色の髪を切ると初老に見える女性はその髪を撫でた。
「とてもキレイな髪をしているのね。切るのがもったいないぐらい。」
「とても大切な人が…好きだったんです。でももう居なくなってしまったから。
けじめをつけようとおもって。」
どうしてこんなにきれいな髪を?と問う言葉にローズは淡々と答える。
「ユーチャリス…。」
「ソーズマン、ごめんなさい。もう少しで終わるから…
はい。これで終わり。どう?」
声をかけるソーズマンに女性…ユーチャリスは待ってと返す。
切った髪を払うと青年へナイフを返した。
「久しぶりに切ったので…ありがとうございました。」
「いえ…。えぇっと…どこかでお会いしましたか?なんだか懐かしいような…。」
ありがとうとお礼を述べるローズにユーチャリスは考えるが、どうにもわからない。
「たぶん人違いでしょう。この村に来たのは初めてなので。」
「あ…そう…でしたか。旅をされているんですか?」
まったくの初対面だというローズに女性は戸惑うように頷き、
にこりと微笑む青年をユーチャリスはどこか懐かしげな目で見つめた。
「普段は任された仕事をしていますが…。
先ほど言いましたように大切な人に別れを言いにきました。」
一方的な別れになりましたが、
と自嘲気味に笑う青年にユーチャリスは表情を曇らせ、微笑む。
「お別れできたんですね。私は…大切な兄にさよならもいえませんでした。」
「そうだったんですか…。」
今度はローズが表情を曇らせ、ユーチャリスから目をそらす。
彼女はそれには気づかず、大好きだったの、と続けた。
「すごくやさしい兄で…いつでも私のことを守ってくれたの。
そんな兄が大好きで…兄妹でなければ一人の女性に見てもらえるんじゃないか…
なんて幼いながらに馬鹿なことを考えたこともあるわ。
でも兄は旅に出たっきり…帰らない人になってしまいました。」
悲しげなユーチャリスの言葉にローズはわずかに信じられないと目を見開く。
「でもおかしいの。どうしてか説明できないのだけど、
どこかで兄は元気にしていると思うんです。
そうであってほしいと…小さい頃から自由がなかった兄が
自由になってくれたのだと、思いたいだけなのかもしれないですけど。」
歳をとるとへんなことばかり考えてしまいますね、
と笑うユーチャリスにソーズマンは複雑な表情でうつむくローズを見つめた。
どうかしましたか?と問うユーチャリスにローズは顔を上げ、そっと微笑む。
「あなたが…そう心に残っている人は…。
きっとあなたにとって大切な人なんでしょうね。
その心はきっと…。そのお兄さんにもちゃんと届いていますよ。
そこまで…そんなに想ってくれているなんて…その方は幸せですね。」
そうだと嬉しいです、と笑うユーチャリスと微笑むローズにソーズマンは思わず目を覆う。
「なんだか初めて会う気が本当にしないわ。まるで兄に会ったみたいな…。
ごめんなさい、勝手に懐かしがってしまって。」
「いえ、ぼ…私としても髪を切るのが久しぶりで困っていたので助かりました。」
短くなった髪を隠すように赤いバンダナを巻くとそれでは、と立ち去る。
「ソーズマン、待たせたわ…ごめんなさい。」
「いいんだ。ユーチャリス。そろそろ戻ろうか。」
何かをしまうソーズマンはローズが立ち去った辺りを振り返り、
歩き出そうとしたところで未だその場所を見つめるユーチャリスに振り返った。
「どうか…したのか?」
「えぇ…。どうしてかしら…。懐かしくて。
この歳になってこんな想いをもつなんて本当に今日はへんね。さぁ、帰りましょ。」
くす、と笑うとソーズマンとともに立ち去っていった。
その後ろ姿を見送ったローズはそのままプリーストとの待ち合わせ場所へと向かう。
しかし、辺りを見回しても彼女の姿は無く、
代わりにこれからの目的地から過去に倒したはずの厄介な敵の気配に気がつき、
どうしたものかと短くなった髪を撫で付けた。
ーfin
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