ようやく手を離してもらったカスプはアクアリウスの頭をなで、耳を手に取った。
「パパ、お風呂はいろーよ!」
 えい、と耳を引っ張るカスプにアクアリウスは深々とため息をつき、あとでと返す。
喜ぶカスプにアクアリウスは目元を和ませた。
「じゃあ…お前は魔物だけど、人間でもあるのか?」
「お前は心底馬鹿だろ。」
 唸りながら話を聞いていたアリエスにアクアリウスはため息とともに鼻で笑う。
「パパは魔王だよ?魔王は魔王以外の何物でもない魔物だよ。勇者なのにそんなのも知らないの?」
 大丈夫?と首をかしげる少女にとどめを刺され、アリエスは何も言えずに突っ伏す。
 
「そうだパパ、フェンリが怪我しちゃったから…しばらくはパパと一緒にいてもいいよね。」
「あぁフェンリが怪我したからカ…はぁ!?いやいやいやいやいやいやいやいや。誰か呼ぶから。だめだから。」
 ね、というカスプに耳を引っ張られたままのアクアリウスはぎょっとしたように振り仰いだ。
 
「だって全然お出かけしないからつまんないもん。パパはいつだってどっかでかけちゃうし。ずるい!!」
「いや、あれは人間達の様子を見に出かけているだけで遊んでいるわけじゃ…。」
「だめ。絶対帰らないもん!前にそう言って一週間も帰らなかったもん!」
 声がやや大きくなったカスプにアクアリウスは焦るようにするとカスプの膝から飛び降りもとの人型になる。
 娘の前に膝をつき、なだめ様と手を伸ばす。
「私の特性上、それ以上速く人間達の様子を見れないのはわかっているだろう。役目を守らなければならない。」
「でも…。」
 なおも愚図るカスプの頭をなで、ふわりと抱き上げる。
そのまま抱っこするように抱えると優しく頭をなでた。
「わかった。カスプも外の世界を見たいだろう。ずっと城でさみしい思いさせたからな。」
「本当?」
 ぱぁっと顔を輝かせる娘に、アクアリウスは本当だ、とほほ笑む。
 
 
「ちょっと待てよ!旅にそんな小さいの同行させる気かよ!」
 和やか〜な空気が流れる中、アリエスは慌てて声を上げた。
今はこうして宿にいるが、野宿だって多い。
それをこんな小さな子供が…ましてや城で大切に育てられたような子供が耐えられるはずない、とピスケス達を振り向いて同意を得ようとする。
「はぁ?おいらとピスケスは師匠捜すときは基本野宿だし、師匠といたときだってなぁ。」
「そうそう。か…師匠ってば雨とか降っても洞窟入って寝ましょ、だもんね。」
「おれも修行だってってんで2つ山越えるときとか野宿は…。」
 まったく援軍なしの状況に思わずアリエスの顔が引きつった。
まぁ確かに思い返せば自分だって野宿したことはある。
だけど…だけど…この魔王親子の空気が耐えられない!!
「パパ、ありがとう!」
「ただし、わかっていると思うがいつものようにすることはできないから…ここにいる奴らを困らせることだけは絶対だめだ。約束、守れるな。」
 嬉しそうに飛びつく娘にアクアリウスは小さくため息をつくと背中を軽くあやすように叩く。
今更どうのこうの言っても無駄なのかよ、とアリエスは心の中で悪態をついた。
 
 
 一行が先に浴場を使った後、カスプと共に浴場に消えた魔王は部屋に戻ると、自分の髪は濡れたままカスプの髪を拭いて整いている。
手を蟲の肢のようにし、それをブラシ代わりにカスプの髪をとくと、うとうととするカスプを抱き上げ、長椅子に横たえる。
 何やら呪文がどうとかで男部屋と魔導師ペアで部屋を分けているのだが、このごく普通の親子の様子にアリエスは頭痛に悩まされていた。
小さな宿に3つも寝台はなく、お前はソファーでいいだろ!というアリエスのもと、アリエスとキャンサーが寝台を使っているためアクアリウスは長椅子を使うことになっていた。
が、小さい子供が長椅子で、自分たちだけ寝台というのに悶々と悩んでいた。
 横になって聞こえてくるキャンサーの寝息を聞きながら一応魔物の子供だし、そう深く考えなくとも…と考えつつ居心地が悪い思いでアリエスは魔王をうかがい見た。
 
 狭い長椅子の上、アクアリウスもカスプの隣で横になると何度かカスプの髪を撫で、やがてその音もなくなる。
 悶々と悩んでいたアリエスもいつの間にか眠ると、寝息だけが部屋に響いた。
 



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