龍暦５１５９年、西暦１９８２年
　天界のある一室から“メッセージモニター・・通称メモニ”と呼ばれる物の呼び出し音に“彼”は起こされた。
いや。身支度を済ましてあったところからするに、窓辺でまどろんでいただけかもしれない。
彼は画面に一瞥をくれると黒いマントを羽織り、窓から外へと飛び出す。
軽やかに屋根から屋根へと・・決して間隔は狭くないその上を飛ぶようにして走り抜ける。
　
〔ドルミック滝上流で子供が魔鳥《ゾルク》に捕まった。今すぐに向かい、救助又、退治せよ。〕
　
　
魔鳥というのは魔族が作り出した鳥であり、鳥以外にも虫、魚、獣がいる。
これらの作り出された生き物を総称として魔生物と呼び、戦後にもかかわらずふらりと現れては人々を襲う危険な作られた生物だ。
　そこへと向かう彼はそれらを討伐する仕事についていた。天界の役所に勤める役員の人々を総称として【エージェント】と言い、その上官を【エリートエージェント】と言う。
彼は魔生物監視局からの指令に従って天界一の大滝へと向かっていた。
　まるで尾のように翻る腰までの純白の長い髪に少女かと思わせる両性的な顔つき。
やや吊り上がった青い瞳は真っ直ぐ前を見、前髪から触覚のように突き出た２本の髪は軽やかに揺れている。
　
「複数・・・か・・・。」
ゾルクといえば確かに群れるもののため、覚悟はしていたがそれでも彼は軽く舌打ちをする。
蛍光色のゾルクは十数匹以上いる。
大きさは大人の背丈ほど。鶏冠(とさか)を思わせる硬い複数の角。
目は鋭く、猛禽類のような嘴(くちばし)。
知能の方は見た目どおり鶏ほどしかないためとくに警戒する事はない。
だが、天族独特の明るい髪はその巨体に遮られ、全く見えない。
むやみに攻撃し逃げられたりでもしたら助けるのはかなり困難になる。
　
　彼に躊躇する間はなかった。背に背負う自分の背丈とほぼ同じ長さの金龍の柄を模した剣を華奢な細指で抜き取り、舞うかのように素早く・・正確にゾルクを屠って行く。
　他のゾルクが気が付いたときには既にその半数以上が倒れ、残されたのは子どもをつかんだもののみ。
　山吹色の髪を持つそのゾルクのみ素手で殴り、弾き飛ばす。
崖下へと落ちる直前に子どもは手放されたが、子どもは翼に傷を負ったのか翼を上手く開けずゾルクを追う様にして落ちていく。
一瞬の間があったが、彼は飛び降りると子どもを抱きかかえ、向かいの崖へと降り立った。
　
「怪我はないようだな。お前・・ミラス家の者だな。名は。」
　彼は子どものオレンジに近い黄色の髪を見て問う。
「ぼっぼくレオ…レオ＝ミラス。おね…お兄さんは？」
　鋭く、突き刺さるような眼光。冷たく棘が含まれていそうなものの言い方。見知らぬ男にレオは脅える。どうにかさほど高くない所にある顔に向かって口を開き名前を答えた。
「エリート�癸轡▲�ラだ。どこの幼稚園から？」
「……第四ラファミン幼稚園の年中組です…。」
　アキラは口調を和らげる事はしない。
「あぁ。４・５・・いや確か・・５歳か。」
　その後独り言のようなこといっていたが、怖くて俯き加減だったレオには聞こえはしなかった。しかし、ちらりと見た印象では若い。むしろ若すぎる。勇気を出して実年齢を聞くが冗談としか思えない答えしか返ってこなかった。
「20だ。レオ、背中に掴まっていろ。送っていくから。」
　20といえばかなり若い。いや、その年齢ではなれるはずがない。しかしやはり見た目年齢的にもそれぐらいが妥当な外見だ。
　不思議に思い、ぼんやりしていたレオは慌ててしがみ付いた。同時にアキラは先ほどの崖を飛び降り、木から木へと風のように走り出す。首を絞めてしまいそうな勢いでしっかりとしがみ付くとすぐさま風が治まり、恐る恐る目を開けると第四エンジェル幼稚園の門前に立っていた。


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