突然目の前に小さな着物姿の男の子とその手を引く女性が走っていく。
少年は悲しげな顔をうつむかせ、時折後ろを見る。
不意に前を見た瞬間、マリアは目の前に現れた“男達”に驚き少年庇うようにしてきた道を戻ろうとする。
しかし、そこもふさがれ囲まれてしまった。男達は皆、人間界の島国と同じ着物を着ている。
その中で最も位が高そうなローブを身にまとう男が進み出た。髪を赤錆色の短い髪を逆立てた男は負に満ちた顔を親子へと向ける。
《さぁ、母親を巻き込みたくないのなら、こちらへ来い。》
《アキラ、行かなくていいから。大丈夫よ。》
 漆黒の髪は既に肩ほどまで伸び、人形のように白い顔がやけにはっきりと浮かび上がる。
今と違うのはその目がまだ子供特有の純粋さを含み、ガラスのような目ではなく表情のある目であった。5歳とは思えないほど、小さく弱弱しい体をした子をマリアは抱きしめる。
 
《さぁガキをよこせ!!》
 取り囲む兵の一人から飛ぶ声にアキラは驚いたように肩を振るわせた。
《いやです!なぜそこまでこの子を・・・》
《理由など貴様に話すまでもないわ。…貴様は癒しの力を持っておる。
だから殺すような真似だけはせぬ。が…あまりにもしつこく断われば…
どうなるのかわからないな。さぁそのガキをよこせ!》
 
 一歩と輪が狭まり、マリアはわが子を抱く腕を強めた。
《マリア、貴様を逃がす事はできないが・・・。そのガキを素直に渡し、日の当たる牢獄・・・
いや塔で暮らすのと、一生日の入らない地下牢で暮らすのとどちらを選ぶのだ?》
 どちらにしても逃がさないといわれ、アキラは怯えた目を見開いた。
 
 
「こんな…こんな条件っておかしいじゃないですか!!」
「そうだよ…子供から親引き離すなんて・・・それにこれじゃあマリア様は人質じゃないかよ!!」
 レオとジャックが目の前の光景に驚き、リチャードを見る。
「そうでございます…。アキラ様が魔王家…いえ、天王家でも同じですが、王位継承権を持っていたのならば…訓練所へ通うことになっていたでしょう。連れて行かれることはなかったはずでございます・・・。」
「王維継承権がないって・・・。どういう…?」
 リチャードの言葉にブラッドが驚いたように聞き返した。長男ならばあるはず…。そうでなくてはおかしいと。
「アキラ様は…先ほど申しましたとおりお体が弱く、魔界に来る直前の事件で失ってしまわれました。その事件に関して、私はアキラ様からお伺いしたことはなく存じ上げておりません。
しかし、その事件がきっかけとなり、人間界から魔界へと移らざるを得なくなったとお伺いしております。」