なにか目覚めてはいけない何かが…羽化したように。
永い眠りから目覚めたように…笑い声にも聞こえるその音は聞いている側の頭に響く。
「声?何を護る?」
 その音の中に声が聞こえ、ブラッドがそれを声に出した途端ぞくりとした寒気が辺りを包んだ。
 
 
 リーズの傍にいた…それは目を赤く染め、龍とも人とも取れない入り混じった顔をぐるりと見回す。
【調節者意識不明。最優先事項、敵ノ排除実行スル。】
 人の姿のまま龍の尾が生え、犬歯がまるで龍のように伸び、指が曲がる。
白い鱗が体を覆い着ていた人間界の服が布切れとなって落ちる。
「あれが…魔人になったアキラなのか…。龍そのものじゃないか…。」
「私もアキラ様のあのお姿は…ミラス家の方、お願いします。リーズちゃんの目を覚まさないと!!」
 魔族ではあるが治癒呪文が使えるアルはレオ達親子に声をかけるとリーズを起こすため呪文を唱えた。
キフィーたちに続き、レオも見よう見まねで呪文を唱える。
 
 
 魔獣の断末魔の叫びが聞こえ、結界がないにもかかわらず魔獣も魔植物も攻撃をしてこなかった。
いや、攻撃するも全てアキラに弾かれ逆にその腕や触手、そして核を持っていかれ次々消滅しているのだ。
 鉤爪状になった爪を使い、敵を引き裂く。
頭から血をかぶり、素手で戦うことに躊躇ないアキラを見ていられず、必死にリーズが目を覚ますようレオは祈った。
彼女がおきることで何が起こるのかはわからなくとも、今自分にできることはこれしかないと呪文に力を入れる。
 
 やがて目を覚ましたリーズはぼんやりとしていたが、
目の前をよぎる影…アキラに気が付くと笛、と3人に呼びかけた。
「アキラの笛を持っていないか!?あれがないと…。」
 そんなの持っていないというとリーズは深く考え込むようにうなる。
「だめだ。あの笛じゃあないとアキラを元に戻せない。まさかあいつが携帯してるのか!?」
 顔を曇らせるリーズの視線の先では血に酔う獣のように戦うアキラの姿がある。
いつも持ち歩いてはいたが、たまに持っていないといっていることがあった…。
そうこんな任務中には…。
「そうだ!アキラ、笛は部屋に置いてきたって前言ってた!」
「先読みではこれをみていなかったのか…。今すぐとってきて!私は調節者だからこの場を離れられない!!」
 レオの言葉に早く、と催促されジャックとブラッド、そしてレオは人間界経由で天界への戸を越えアキラ家へと向かった。
 
 うまく回らない思考の中、先ほどのアキラと幼い頃のアキラが心を崩した時の光景を重ねる。
恐らく、アキラは苦しいはずだと早く助けなければと羽を動かし飛んだことのない50階という高さまで使命感のみで飛んでいった。
ガラスを割ろうかと顔を見合わせるが、試しにガラス戸に手をかけると何の抵抗もなく開く。
 
 
 そこは3人に振り分けられている部屋よりも広いんではと思うほど家具が少ない。
白い棚や机、窓辺の椅子、そして寝台が角にあるだけの寂しい空間であった。
白い空間にある色は写真たてに飾られた3人にとっても知り合いの写真と家具のほんの一部、そして机に置かれている笛だけだ。
それ以外は一切の色がなく、整った空間には生活感がまるでない。
悲しいほど静かな部屋は家主の心を表しているかのように虚無の言葉が似合う場所だ。
笛を手に取ると玄関から出る。
天族の翼は急降下には耐えられないのだ。