キフィーが3人をつれ向かったのはアキラの家であった。
説明もせず付いて来るようにと言われたが、先ほどのやり取りの後で何があるのかと首をかしげる。
 キフィーは持っていた鍵で開けると3人を中へと入れた。
音に気がついてか、上階から降りてくる軽い足取りが聞こえ、ロロイが顔を出す。
「あ、ちょうどよかった。キフィーさん、薬持ってない?」
「今月の分はもうない。あとで薬草がゆでも持っていくと伝えておいてくれ。」
「いらないって言っているだろ。それで…キフィーさん、あの話は…本気だったのか。」
 階段を足音も立てず降りてくると、ロロイの頭を小突く。
先ほどと同じような着物姿だが、見慣れた低い身長で現れたアキラは片足で残りの段を降りてきた。
「あの…アキラ、その足は…。」
 あの時足は特に怪我をしていなかったはず、とブラッドがたずねるとアキラ自身気がついていなかったのかやや考え、おそらくは着地の時と短く答えた。
「ただの捻挫だ。さすがに数百キロの体重で墜ちたからな。さすがの世界最古の生物体でも支えきれなかったようだ。」
 相変わらず他人事のように言うとソファーの背に腰掛ける。
キフィーたちに向き合う形となり、僅かな沈黙が流れる。
 
 
 だがそれを破いたのは何かのせわしない小さな羽音であった。
何かがロロイの後ろを通りアキラにぶつかる。
難なくよける彼だが、それにいらついたのかもう一度体当たりをしようと急行はする。
後を追うようにして飛んでくる別の物体がそれをとめようと天井付近でもめあった。
「姉さま、落ち着いてくださいです!」
「うるさい!傷を治すために来てみて最初の言葉が『なんでいんの?』よ!!ふっざけんじゃないよ!!この馬鹿アキ!!大体、あんな怪我して龍になるとか馬鹿アキ!!」
「まだいたのか…。リザはともかく、お前は精神体だろうが。」
 言い争う2匹の赤錆色をした蝙蝠にアキラはため息をつく。
そのしぐさに姉さまと呼ばれた蝙蝠は再びアキラに襲い掛かる。
だがその体はアキラをすり抜けてしまい、蝙蝠は散々悪態をついた挙句消えてしまった。
「やれやれです。アキも少しは自分を大事にしてくださいです。あら、そちらの方はアキの新しい家族です?」
 姉が消え、さかさまにぶら下がっていた蝙蝠は驚いたように自分を見つめる少年に気がつくとアキラの方にとまる。
「蝙蝠ってことは…魔族の人?リザって…」
「リザ=クレイシャン=ドールスと申します。先ほどは姉さまの醜態をお見せして申し訳ございませんです。さて、アキの波長が戻りましたから帰ります。」
 リザと名乗る蝙蝠はお辞儀とわかる仕草をしパチンと消える。
 キフィーとロロイだけは何事もなかったようにアキラと何かを話していたが、3人は一ヶ月ほど前を思い出しリザの消えた辺りを凝視していた。
 
「あの記憶球に出てきた…。アキラの幼馴染!?」
「あぁ…記憶球に入れてあったな。リザ達はレイナと同じく俺の幼馴染だ。治療に必要不可欠だった音の呪文を代々操る。緊急で来てくれたんだが…ってきりリザが来ると思っていたのにあの馬鹿が…。」
 アキラは頭をうつむかせ何度か横に振るとキフィーを見上げた。
キフィーに呼ばれアキラの傍に行くと先ほどの衝撃と疑問などが頭を渦巻き、なんと声をかけたものかと頭をひねる。
 
 
「レイルッドやウィル、わしとキンファーレで話し合ったんじゃが、3人とも1年くらいここに住まんか?もちろんいつでも家に帰ってきていいのだが…。」
「まぁこの馬鹿親父が無茶しないようにって言うお目付け役も兼ねてるけどよ。いろいろ魔法に関しても面倒見てくれるし、週3日こっちに泊まって残りは実家か寮って言うのも手だし。」
 キフィーとロロイの突然の申し出に3人は事態が飲み込めず目を白黒させていた。
長い寿命の中、たったの1年だが、それでも突然今までとは違う暮らしをしてみないかといわれれば困惑せざるをえない。
「それとな、ジャック君。寮にいられるのも後数年だろ。後見人であるアキラに住んではどうかな?一応というよりも…本人からの伝言だがな。」
「まだ未成年ということだが嫌だったら受けなくてもいい。寮に関してはどうにか引き伸ばす。
昨日、ガンが一応目を覚ましたんだがお前の事を聞かれ、ありのままを答えたらすさまじい形相で『ぶっ殺すぞこのくそ親父』とだけいい、再び眠りについてしまった。」
 あれには驚いたというわりには驚いた風でないアキラだが、遠くを見るような目で明後日の方向を見る。感情が乏しいと本人は言っていたが、やはり本当の息子同然の義子から言われたことがショックだったのであろう。
キフィーとロロイは深いため息をつく。
「親父目がさめたのかよ!?」
「一応はな。ただまどろむように数日おきにひと時の覚醒と眠りを繰り返しているようだ。安定したら面会できるだろう。」
 ようやく視線を戻すアキラにジャックは戸惑う。
つい最近父親が生きていると知り、その父親が覚醒しつつあるという。
ふと、どこかアキラの雰囲気がいつもと違いどこか柔らかなものになっているのに気がついた。その変化にキフィーらも気がついたのか、意外そうな顔をする。
「ずいぶん表情が戻ったようだな。このまま3人と暮らせば少しはましになるだろうな。」
「ほんと、3世代にわたって家族同然の付き合いって言うのも普通ないだろうなぁ。」
 キフィーとロロイの言葉にアキラは眉をひそめる。
ジャックは少しでも父親のことを知るためといい、アキラの家に棲むこととなった。