目的の治癒の間に備え付けられた松明へと進むキルは、
初めての人を抱えての移動に若干不安を覚えるものの、
なんとか治癒の間へとたどり着いた。
「ファザーン様!?と…ジキタリス様!?どうなさいました?」
 黒い毛並みをしたケンタウロス、ケアロスは突然炎から現れた二人に驚き、
慌てて駆け寄る。
「突然倒れられて…。」
「えぇっ!?ご自宅で療養をとるようにと言ったのに抜け出したんですか!?
 もうっ!」
 キルからジキタリスを受け取るケアロスはまったく、と言いながら奥へ運ぶ。
ケアロスの言葉にキルは目を瞬かせた。
いくらなんでも具合が悪いのに鍛錬所に来るはずがない。
 そういえば今日は妙に薄着だったり、壁にもたれていたりといつもと違うことが多かった。
「ジキタリス様見つかったの?あら、ファザーン様。どこで見つけてきました?」
 治癒の間に入ってきたセイはほっとしたように溜息を吐き、首をかしげる。
「その…鍛錬所で…。ジキタリス様はどこかお加減悪いのでしょうか?」
「あぁ…。今日はその日だったのね。この間の戦闘で…誰だったかしら?
 あぁ、スォルドに向けられた光属性の毒矢をジキタリス様が気づかれて、
 弾いたときに掠めたんです。…報告書に書いたのジキタリス様消したのね。
 まったく…。」
 やれやれ、と息を吐くセイは安心した表情で苦笑し、検査されるジキタリスを見つめた。
 
 勇者の紋で解毒されるはずだが、まだ完全ではないらしい。
死にいたることはないらしいが、しばらくは眠った状態が続くとのことだ。
「さて…寝室でゆっくり療養してもらいましょう。
 ファザーン様、ありがとうございました。」
 検査が終わり、処置が終わったジキタリスの顔には絶対安静、
と書かれた紙が張られセイはくすくすと笑う。
 日常茶飯事らしいが、書かれた字にケアロスの怒りが込められているような気もする。
「あっ、あの…。鍛錬所からジキタリス様の剣取ってきます。」
 ぱっと駆け出すキルにセイは首をかしげ、
ジキタリスを抱きかかえたまま屋敷へと戻って行った。
 
 
 剣を持ってきたキルは家政婦長の付き猫シャムリンに案内され、
ジキタリスの寝台の傍らに座っていた。
目の前で倒れたことと、副将の言葉に気がつかなかった自分が恥ずかしい。
 
「最近ジキタリス様がどこか楽しげだったのはファザーン様だったのですね。
 毎月半月になる2日間朝から鍛錬所に向かわれてて…。
 この間は難しい顔をしていたので何事かと伺ったらどうやったら、
 素を出してくれるかな、と言って計画表を見せてくれたわ。
 後やりすぎたーとしばらく反省していたり。」
 ハナモモが珍しくからかっていて面白かった、と笑っていたセイの言葉が特に響いている。
 
 キルは深々と溜息を吐き、まだまだ未熟だなとジキタリスに乗せた布を手に取る。
 傍らにある桶に凍てつく炎を浮かべると急激に冷やされた水に布を浸し、
絞って再びジキタリスの額に乗せた。
 
  それにしても、と静かに寝息を立てる四天王長をみる。
普段の自分が素でないことをどうして見破られたのだろうか、
とキルは考えるが思い当たる節がない。
 家では母を心配させたくないのと、鬼一族の敷地内ということもあって子供らしくしつつ、
 礼儀や作法などに気を使っている。
疲れはするが、誰も見ていない自室にいる時は割とのんびりできるし
あまり気にしたことがない。
 執務室にいる時は気兼ねなく話せる、部下であり友人ではあるがやはり年齢が離れている。
 それに3人とも一族に秘密があるおかげでどこまで素を出したらいいのか
まだまだ探っているところだ。
 あの雑巾のような父親のおかげもあり、嫌な眼で見られるのを避けるために、
誰にでも当たり障りないようにふるまっていたというのに。
 
 
 考えるキルの気配に気がついたのか、身じろぐジキタリスにキルははっと姿勢を正し、
まじまじと見つめる。
「…で。…るか………。」
 小さく何かをつぶやくジキタリスに首をかしげ、そっと口元に耳を寄せた。
ふわりとラベンダーの香りがするジキタリスはまだ深い眠りの中にいるらしい。
「…で。いい子にするから…。お願い…一人にしないで…。」
 今度はよく聞こえた言葉にキルは眉を寄せる。
この四天王長の過去…銀月の勇者と呼ばれた時代の情報は、
まだまだ前任者の残した未処理の情報が山積みなお陰でどこに埋もれているのかわからない。
「父さん…。ごめ…。」
 静かに一筋の涙をこぼすジキタリスに詮索しようとしていたキルは考えるのをやめた。
 誰にでも踏み込まれたくない過去はある。
いつか、信頼してもらって支えられる立場になった時聞けばいい。
 じわりと滲んでいた汗を拭きとり、もう一度布を冷たく絞る。