早朝。
ようやく目を覚ましたローズは傍らで眠る少年に目を瞬かせた。
 どうしてここにいるのかわからないし、
この子は自分のことを嫌ってなかっただろうかと首をかしげる。
 だが、それよりも座った体制のまま伏せるように眠る姿に、
手を伸ばすと軽々と自分の隣へと横にした。
ぐっすり眠った若い四天王の頭を優しく撫で、もうひと眠りと目を閉じる。
 
 
 何か温かなものに包まれている、と感じたキルはラベンダーの香りの中ぼんやりと目を開け、
自分が横たわっていることに跳ね起きた。
 隣ではまだ眠ったままのジキタリスが寝息を立てているが、
普段気配などに気をつけて寝ているだけに、今回起きなかったことで驚きを隠せない。
 
「んっ……。あぁ、おはよう…。」
 ぼんやりと目を覚ますジキタリスはゆっくりを体を起こし、水差しに手を伸ばす。
 慌ててコップに水を入れるキルは、上半身を起こすジキタリスの手に渡した。
躊躇いもなく水を口に含むジキタリスは自分を見るキルを見つめる。
「どうしたの?」
「いえ…。その…ありがとうございました。」
 首をかしげるジキタリスにキルは寝台にのったまま深々と頭を下げた。
苦笑するジキタリスは頭をかき、頭を下げるキルを撫でる。
「ストロンガスがいる前でノーブリーだけ贔屓できないからね。
 挑発すると必ず来るからそれを利用しちゃった。」
 頭を上げるキルの頭に手を置いたまま苦く笑う四天王長。
戸惑う様子のキルの頭をもう一度撫でると、よろりと起き上がり備え付けの浴室へと向かう。
 
 
 急いで体を支えるキルの手を借り前に来ると、服に手をかけた。
「あの…ノーブリー?一緒に入る…の?僕一応淫魔なんだけど…。
 ちょっと変わった食事の。」
「そのお体では大変かと思いますので…。
 私も湯浴みをさせていただこうと思いますし…。
 淫魔と湯浴みするのは何か問題があるのですか?」
 背後で同じように服を脱ぐ少年にジキタリスは戸惑いがちに声をかける。
首をかしげるキルにまぁいいかとジキタリスは中に入り、水を止める栓を緩めた。
 勢いよく出るお湯を頭に受け、流すジキタリスをキルは目を向ける。
背中に受けた大きな傷と様々な古傷。そして左胸の神の紋。
 
 物珍しげな視線に振り向いたジキタリスは瓶を傾けると、
華やかな香りのする洗剤を手に取り、キルの頭に付ける。
「なっなんですか!?」
「目、開けてると沁みるよ。」
 驚くキルを座らせ、優しく洗うと目に入らないよう、手で押さえながら髪を流す。
分厚いビンを手に取ると布に染み込ませ、背中をこする。
「こっ子供じゃないんですから!!自分でできます!!
 それよりもジキタリス様をお手伝いするのに入ってきたんです!
 大人しく座ってください!!」
 顔を真っ赤にするキルは慌てて離れ、くすくすと笑うジキタリスを見上げた。
はいはい、と座るジキタリスの頭に同じものを傾けると、
柔らかい髪質に感心しながら絡まないよう静かに洗う。
「ハッコンみたいな銀色でもずいぶん細いんですね…。
 だからバンダナでいつも抑えているんですか?」
「うん。そ、猫毛でね…。タマモは一応狐の毛だからちょっと太いんだよ。」
 おとなしく背中も洗われるジキタリスは自分の髪をつまみ、あの銀狐の髪を思い出す。
 
 
「ところで…僕の“素”ってどういうことですか?」
「素?あぁ、ノーブリーを見ていたら昔の自分を思い出してね。」
 備え付けの浴室なため、あまり広くない浴槽に2人入ると、
そういえばとキルは首をかしげた。
 その事、というジキタリスは少し遠くを見つめ、
さびしげな表情をとると小さな鬼に笑いかける。
「昔のジキタリス様…ですか。」
「僕が人間で勇者だったのは知ってるよね?
 昔、僕はあまり人に好かれていなくてね。
 それで誰にでもいい顔してたら、僕には何も残らなかったんだ。
 その時の僕とノーブリーが重なってね。だから…もう少し肩の力抜いて平気だよ。
 素を出すのが恥ずかしいなら僕の前でだけでもいいよ。ね。」
 よしよし、と撫でるジキタリスにキルは先ほどの寝言を思い出し、なるほどと納得した。
 あんなに挑発したのも怒らせて、自分の素を出したかったのか、
とも思いどこまで見抜かれていたのかと恥ずかしさに頭をかく。
 
「そっそれでは…ジキタリス様…師匠って呼んでもいいでしょうか?
 その…私…僕に剣術をご教授願えますか!!?僕を貴方の弟子にしてください!」
 お願いします、と頭を下げるキルにジキタリスは微笑み、喜んでという。
頭を撫でるジキタリスにキルは嫌な思いじゃないな、と撫でられるままになる。
「もちろん。それじゃあ…キルって呼ぶけど平気かな?」
「はい!」
 でも、と続けられる言葉にキルは顔をあげ、黄色で縁取られた青い目を見つめた。
「ちょ〜〜っとここは場違いだったかな?」
 ぱしゃりと顔にお湯をかけるジキタリスに、
はっとキルはここがどこで何をしているのかを思い出し、顔を赤くしてお湯をかけ返す。
「もっと早く言ってください!!いろいろ僕は悩んで考えて…ジキタリス様!!」
「面白いなぁ。素を出すのは少しづつでいいからね。
 さて、そろそろ出ようか。シャムリンに怒られるのはめんどくさいからね。」
 怒るキルにジキタリスは声を出して笑った。