中に入ってすぐに治癒の間へとハナモモの手に渡ったローズだが、
エメラルダの強い要望で目の届く長椅子に横たえられる。
薬草を飲まされ上掛けをかけられたローズが、
小さな寝息を立てるのを確認していたフローラは、
シャムリンにそばにいるよう言い、旅の話をするエメラルダたちの元へと向かった。
「もうね〜また魔界の奥地に行ったり楽しかったわ〜。」
「あっそ。で何のようなんだ?うちの四天王長をまた戦闘不能状態にして…。」
 あくまでも適当にあしらうロードクロサイトに、
エメラルダは口を尖らせるとつい吸い過ぎちゃったんだもんと言う。
「この子の血おいしいんだから仕方ないでしょ。
 でね!すっごい可愛い娘がいたからクゥーちゃんのお嫁さんにって思ったんだけど、
 ことごとく子連れとか旦那もちだったの〜。もう本当に笑えるわよね。」
 アハハと笑うエメラルダに、ちょっと聞き耳を立てていたロードクロサイトは
更にげんなりとした顔でため息をつく。
「アハハじゃないだろう…。大体…なんど言ったらそのあほな呼び方をやめるんだ。
 いい加減普通に呼べ。」
 呆れるロードクロサイトにクラトカがそっとより、見下ろす。
 
 
 何も言わずただ立ち尽くして睨み…見ているクラトカになんだと問い、やっと口を開いた。
「ロードクロサイト、呼び名があるのはうらやましい事だぞ。」
「あら、どうしましょう。
 でもクラトカの名前、好きだから呼び名じゃなくてちゃんと呼びたいわ。
 だめぇ?」
 妙なところを羨ましがるクラトカにエメラルダは小首を傾げると両手を合わせた。
その様子に回りは一斉に気を引き締め、次に出る言葉に堪える準備をする。
「エメラルダ、私も貴女の名も含め全て愛している。
 呼び名など関係の無いものであったな。
 貴女の声で呼ばれるだけで至福だというのに詰まらぬことを言ってしまった。
 許してくれ。私の愛しい人。」
「ん〜愛してるわ!クラトカvv」
 目の前でいちゃつく両親にロードクロサイトの片頬が引きつる。
部屋の中には既に砂を吐きつくし、離脱しているものすらいるこの状況。
 
「魔王城に来て何がしたいんだ!!」
 毎回毎回そう怒鳴るロードクロサイトにエメラルダは、
もちろんきまっているじゃないという。
「そりゃあクラトカと私の愛の結晶が元気でいるかを見るためよ。
 あれは素敵な晩だったわ。満月の下、夜のビロードに包まれ最愛の人と」
「それ以上はやめろ…死人が出ると、未成年が見ている。」
 遠い目をした一軍一番隊の親衛隊らを見ると、
うっとりと語りだすエメラルダを頭を抱えた息子がとめる。
だが彼女を止めたところでこの夫婦は止まらない。
「あぁ、あの晩は素敵な満月だった。
 素敵な…まるで空から舞い降りた桜の麗しい花びらのようなその白い」
「やかましい!!!そんな私の生まれる前の段階を語るな!
 他人の話を聞いてどうしろというんだ!意味がわからん。」
 クラトカまで語りだすとロードクロサイトは再び怒鳴りつける。
その声にローズはうっすらと目を開け、頭を振るとそのまま起き上がった。
 
 
「大丈夫かローズ。」
「まぁ…まだ急には動けませんが…。ぶぇつ!」
「飲みすぎちゃってごめんねぇ。ローズ君いっつも甘い匂いするんだもん。」
 まだぼんやりとしたままのローズに飛びついたエメラルダは、
慌てる様子を楽しむように笑う。
胸を押し付けられたローズは必死に抵抗するが、相手は女性。
無理にはがすことができず、そばにいたセイに助けを手招きで求める。
「エメラルダ様、一応インキュバスではありますが…
 女性とのスキンシップには極度の恥ずかしがり屋なのでその辺にしておいてください。」
「あら、セイちゃん。もう最近ますますかわいくなったんじゃない?
 好きな人でもできたの?」
 ようやくローズを解放させたエメラルダは今度はセイの元へと向かう。
何を隠そう軍内部ではもっとも高齢である渦ドラゴンのセイよりもエメラルダは年上。
なぜか息子であるロードクロサイトだけは600歳ほどの若い吸血鬼だと思っているが、
実際はクラトカが700歳でエメラルダがその倍以上の4桁に上る、
超歳の差夫婦なのだ。
その息子に年齢を偽るエメラルダはかわいい娘のようにセイを扱い、
その言葉にセイは思わず赤面した。
「なっ…そっそんなこと…。」
「もう照れちゃって。隅におけないんだから〜もう。相手は誰なの?
 ねぇおしえてよぉ〜。」
 うっと息の詰まるセイにねぇねぇ、とエメラルダは詰め寄る。
一方、開放されたはずのローズはクラウダの無言の嫉妬に冷や汗をかく。
ロードクロサイトですら頭を抱える始末に、
その場にいたほかのすべてが明日に休みを入れようかなと、うんざりしていた。