満月と蝙蝠

 

名残惜しげにアーチーをくぐる一行を見送り、最後にプリーストが振り向いた。
「ローズ、あの…頑張ってとか、またね、とかいえないけど…。風邪には気をつけてね。
 じゃあ…。」
「僕もそういうことは言えないし、言うつもりもないけど…プリーストも元気で。」
 プリーストの姿が消えるとアーチは点滅し、元の蔦に戻ると水晶の中に吸い込まれていった。
雲海が消え、花が咲くだけとなると時間的に夜だったのか、満月が頭上に輝き、
崖下は闇に多い尽くされる。
「さて…ロードクロサイト様。まだここら辺は移動呪文が使えないので徒歩ですが下山しましょう。」
「そうだな…いや。そんな時間のかかる方法でなくても大丈夫だろう。
 ローズ、左腕痛いかもしれないが、いいか?」
 あ〜静かだなぁと登ってきた道を引き返そうとしたローズを、
ロードクロサイトが呼びとめ、抱っこの要領で抱き上げる。
「え!?なっなにするんですか!?」
「いいから腕を回せ。」
 向き合わせの状態で抱きしめられ、混乱の中ロードクロサイトの言葉に慌ててしがみつく。
聞こえるロードクロサイトの心音にローズは顔を緩ませると妙な風を感じ、
嫌な予感に青ざめた。
ばさっ、とロードクロサイトの翼が開く音がし耳元を風が音を立てて通り過ぎる。
横を向いていたローズは恐る恐るロードクロサイトの服から眼を離し、
横目で白い何かを確認すると血の気がさらに引く音を聞いた。
すぐ横をフジベレストの岩肌が通りすぎ、時折左右に揺れ、
尖った岩がすぐ目の前を猛スピードで過ぎていく。
くるくると回転させられ、ローズは思わずロードクロサイトにしがみついている、
と言うことを忘れ、しがみついている物体に必死にすがりついた。
左腕が痛みを訴えているがロードクロサイトのマントの中、その痛みを完全に忘れて過ぎる風に震える。
 
 
【そういえば…ローズは飛行は初めてか…。その翼じゃ飛べないからな…。】
 念話で声をかけるロードクロサイトだが、ローズからの返答はない。
顔を押し付け、風のせいでもあるが恐怖でたれている耳を強張らせ、わずかに震えている。
 ようやく別の気流に乗ったロードクロサイトはそのまま海のある方角へと向かった。
途中、上昇気流に乗り、円を描くように上昇すればあとは時折羽ばたき、風に乗るだけ。
 
【ローズ、もうあとはそう遠くないぞ。】
 久しぶりに文字通り羽を伸ばせるなぁ、
と風に乗るロードクロサイトは未だにしがみついているローズに再び声をかけた。
小動物のように震えるローズは恐る恐る顔を上げる。
【なんで…移動呪文使わないんですか…。】
【最近飛んでないからな…。久々に飛びたい気分だったんだ。安心しろ。
今日の天候を見る限り曇りだ。この速度なら途中休憩を挟んでも十分城には戻れる。】
 魔力で出していたバンダナが消えていたローズは急いで魔力を集中させると、
暴れまわる猫毛をバンダナで押さえ込む。