【それにしても…雲の上はいい天気だな。満月が近い。】
 横を見てみろ、と言われ下を見ないよう眼を向けたローズは、
大きな丸い物体にここが上空でロードクロサイトに抱えられて飛行していることを、
一瞬で忘れる。
それほどみごとな月は産まれて初めてかもしれない、
と自分の異名である銀月の名とは別に青白く輝く月にしばし見とれた。
【今日はいい月だ。ローズ、寒かったら言えよ?ここはフジベレストほど気温が低い。】
【どうりで…。後どれくらいでつきそうですか?腕がだんだん痺れて…。】
 腕を上げたままの状態で手が痺れてきたというローズは、
怖いのでしがみつくが力が抜けていく。
 
 あぁ、と気がついたロードクロサイトはしがみ付くローズを簡単に引き剥がし、
くるりと回転させ抱えた。
反応のなくなったローズに首をかしげると軽く揺さぶり、失神しているローズを起こす。
【大丈夫か?】
【びっくりした…うわぁぁああああ!!!
 森が…家が…。腕痛いとか言いませんから!!】
 眼を開けたローズは未だ陸の上だった地上との距離に驚き、
慌てて身をよじると再び向かい合わせでしがみ付く。

【高いところ苦手だったか?】
【大丈夫ですけど…普段は自分で乗った魔鳥やらなにやらで不安じゃないんですが…。
 こう、ロードクロサイト様とはいえ抱えられているだけの状態では…。】
 不安定で怖いのだと言外に言うローズにそういうものか?
と幼少期から自分の翼で飛んでいたロードクロサイトにはよくわからない。
【そうか。】
 不意に高度を下げるロードクロサイトにローズは悲鳴に近い叫びを上げ、
必死でしがみ付いた。
海面の近くから翼に風魔法を使い上昇するロードクロサイトは、
いたずらが成功したちびっ子のように楽しげに笑う。
いたずらされた本人はたまったもんじゃないが今は文句を言う余裕はない。
 
【本当に勘弁してくださいよ…。】
【スリルがあって面白いだろうが。そうだローズ。
 あいつらの滞在期間はどれぐらいだと思うか?】
 ぐったりとするローズに笑う。笑われたほうはもう何も言う気力がなく、
地上と天界の時間差を考え、必死にしがみ付く。
「…か………じゃ…。」
【ローズ、念話で話せ。風の音でまったく聞こえん。】
 不安定+上空+不安+計算でつい念話を忘れているローズに軽く高度をわざと下げ、
必死にしがみ付くローズに注意した。
【えぇと…たぶん一週間もすれば海岸付近に現れるかと…。
ドルイドン辺りに指令をだすようキスケに言えばいいかと…うわぁあ!!】
 突風に煽られ、乗っていた気流を外れたロードクロサイトは、
別の気流を見つけるまで風魔法で補助する。
魔界では魔王の右腕として恐れられている部下はもういつものような幸せ笑顔の余裕はない。
早く地上に降りたいと言うことだけが切実な願いだ。
移動魔法を使うにも集中もできないし、今どこにいるかわからない状態では使用不可能。
 
【せめてシィルーズならもう少し楽しかったんだがな…。】
【ぁん?今なんか言いました?】
 いやぁな顔をするローズにロードクロサイトはなんでもないと気流を見つけ、
文句を言われる前に大きく移動した。
【ローズ、怖いのとやさしいのどっちがいい?】
【なんか嫌な予感しかしないのですが…。そりゃあやさしいほうが…。】
【じゃあシィルーズになれ。】
【絶対お断りします。】
 唐突な質問に答えるローズは帰ってきた返事を即座に却下する。