「名前いちいち変えなくてもいいですよ…。
 愚問かもですが…その手に持っている杖(じょう)はなんです?」
「セイ。弓のこともある。できたらでいいが、遠方射撃でシィルーズを狙ってくれ。」
「あの…ジキタリス様の左腕はまだ感知しておりませんので…。
 ほっほどほどにしてくださいよ?」
 何度か棒を振るうロードクロサイトにセイは下がり、
残されたシィルーズはケアロスにぶっ殺されるかも、と頭を抱える。
「感覚が狂わないよう、途中で戻りますけど…ちゃんと止ってくださいよ…。」
「わかっている。前回のように息切れして休憩を頼んだ時のように、
 うっかり蹴りをかますようなことはしない。」
 恐る恐ると言うように問いかけるシィルーズに大丈夫だ、と言うロードクロサイト。
それが信用できないんだと、喉まででかかった言葉をセイは飲み込んだ。
 
「キレイに喉元入ったおかげでしばらく声は出ないわ、
 勇者の紋が瀕死を蘇生する時のように点滅してものすごい高熱になるわ…。
 散々だったんですからね!」
「あれは相当やばかったからな。ケアロス達にごっそり魔力を持っていかれたしな。」
 治療のためだと無理やり魔力を魔石にとられた時を思い出し、
さすがにあれは堪えた、と言うロードクロサイトに、
セイとシィルーズは深々とため息をついた。
「まぁ…そこが魔王様と言うか…。らしいというか…。かわいいというか…。」
「何か言ったか?」
 
 そこが魅力、と本当に小さな声で呟くシィルーズに、
ロードクロサイトは首をかしげ、杖を槍のように構えた。
シィルーズもすぐさま気持ちを入れ替えると後に飛びのく。
先ほどまで居た場所にはロードクロサイトがおり、
その振った杖がシィルーズの前髪を掠めた。
シィルーズはそのまま飛び上がると突き出された杖を踏み台に
ロードクロサイトに向け切りかかった。
だがロードクロサイトがシィルーズの死角から振るった杖が赤い陰を凪ぐ。
それをロードクロサイトに向けていた剣ではじくとくるりと地面に降り立ち、
間合いを開けた。
すぐさまそこへ向け水の刃が矢のように降り注ぐが、
シィルーズに当たる前にただの水滴となってあたりに四散する。
剣についた水滴をあたりに散らせながら再び切りかかるシィルーズに、
真正面からロードクロサイトの杖が受け止めた。
セイのときのように幾度となく杖に剣があたる音がするが、
ロードクロサイトには効かない。
それどころか力で押され、シィルーズは片手で支えきれず、
ロードクロサイトを見つめたままじりっ、と足を動かした。
杖に剣を滑らせるようにして離れるシィルーズをロードクロサイトが追った。
杖の上下の端を回転させながら当てるロードクロサイトに防戦一方のシィルーズだが、
ほんの一瞬手を持ち返る時を狙い、一歩踏み出した。
ロードクロサイトの力が入りにくい懐に飛び込むと剣で杖を押さえ込み、
蹴りを繰り出す。
シィルーズとしては左腕が負傷していなければ魔法を使うタイミングだが、
治療中と言うこともあり無理はできない。
ロードクロサイトに当たるはずの蹴りは剣で抑えていたはずの杖を間に入れられ、
阻まれる。
しまった、と思うシィルーズだったが、
次の瞬間にはそのまま杖を身体ごと回され、シィルーズは地面に叩きつけられた。
 
 
「少しは戦法を変えたほうがいいぞ?
 左腕を怪我している今、魔法がつかえないんだろうが。」
「よく手元で押さえられていた杖を動かせましたね…。
 まぁ私の力弱いせいもあるんでしょうが…。」
 咄嗟に受身を取るが、叩きつけられた衝撃に一瞬息を詰まらせるシィルーズは流れる汗に髪を掻きあげた。
息が荒いのは片手でロードクロサイトと力比べをしてしまったせいだ。
 念話があったのか、止まった二人に頭を下げるセイは、
そのまま小さな水溜りを残し消えて言ってしまった。
 
「体力落ちたか?」
「この姿が慣れていないだけです。それに基本的に魔法を使う戦法なので、
 パワータイプとは相性が…。それに…。」
 そんなに動いてないだろうが、と言うロードクロサイトにシィルーズは首を振った。
「言ってしまうと、シィルーズの姿のときは前が重くて…。
 固定はしているんですが…結構重心を持っていかれてしまって
 バランスがとりにくいんですよ。」
「あぁ…それか。なんだってそんな大きさになったんだ?」
 暑いし、と言うシィルーズにロードクロサイトはうーんと言う。
そういえばこの胸の質量はどこから来ているんだろう、
と首をかしげるシィルーズにあまり体形は変わっていないよな、
というロードクロサイト。
「まぁもともと化身化すれば小さな蝙蝠にもなるんだ。
 あまり気にする問題じゃないかもしれないな。」
「そういえば…セイも何倍もあるのが本体ですし…。」
 化身化について深く考えたことも無い2人はさっぱりわからない、
という答えに落ち着いた。
「もう少し付き合っていただいてもいいでしょうか?
 なんとなく感覚がつかめてきたので…。」
「もともと身体を動かしに来たんだ。かまわないぞ。」
 剣を持ち直し、距離をとり構えるシィルーズにロードクロサイトも杖を手元で弄ぶ。