霧の中を歩いていたはずが、鉄格子がみえウェハースは辺りを見回す。
気がつけば周囲は壁に囲まれ、生垣が見当たらない。
「こっここは…。あっあの処刑場…。」
静かな空間に自分の声だけがこだまし、
びくりと体を震わせると続いて聞こえる音に体を縮まらせた。
『ファザーン様。ジキタリス様の命により此方に1軍に属している者を
許可無く通すわけには…。』
『わかっています。道中は目隠しをいたしましたし、
魔剣士の命でもある魔剣をお預かりしています。
有事の際は叔父、父共に亡き者に。
ジキタリス様には食事が終わり次第私から報告いたしますのでよろしいでしょうか?』
遠くで聞こえる声にそういえばこんな会話をしていたかな?と考える。
この後一族追放と聞いてあんまり覚えていない。
『ファザーン様がそうおっしゃるなら…。
スウォルド様、くれぐれも粗相は起こさないでくださいよ…。
ジキタリス様もまだ復帰できませんし…。』
『わかっています。ジキタリス様のご迷惑になるようなことはいたしません。
ただ魔剣士一族の当主より言伝を承ってますのでそれをと。』
記憶の中かなぁと考えるウェハースは何にも考えず、
この後来る追放という言葉に対しちょっとだけ構えてみる。
ファザーンといえば2軍を統括する四天王の名前だ。
コードネームで呼び合うために本名は知らない。
大体そのコードネームですら全部を思い出せない。
アサ…なんとかファザーンだった気がするが、その前にひとつあったような気もしないでもない。
『ウェハース。久方ぶりだな。』
現れたのは弟のスウォルド。
生まれて幾日かのスウォルドに小さな剣を当てられ吹っ飛ばされたことがある。
そういえば自分の本来の生まれ持った魔剣はどこにいったのかな?
と存在を思い出した。
うんと小さくて役に立たないほどの切れ味だったきがするなぁと思うが、
主の強さに比例する魔剣は現在魔界のどこかで行方不明だ。
『キルに無理を言ってね。それより。よくも一族に泥を塗ってくれたね。
おまけに鬼一族にまで…』
キル?そういえばそうだ。
四天王のコードネームは確かキル=アサシ=ファザーンだったはず。
キルと同じ名前なのかと感心した覚えがあった。
それじゃあきっとこの弟がいっているのはファザーンのほうかな?
と首をかしげるが暗闇に潜むかすかな気配に目を向けた。
記憶があいまいではっきり見えないが、暗闇の中に小さな影が見える。
あれ?と考えるが弟の言葉に再び落ち込む。
『これだけはどうしても伝えたくてね。
父さんから…一族から全員一致で決まった。お前は永遠に一族から追放だと。
そしてもはや俺の兄ですらない。わかったな?
我が一族にお前のような弱者など初めからいなかったのだ。
敵に背を向け陰に隠れて味方に損害をきたす愚か者など…』
そういえば一軍にいたなぁと思うと、今いるここは魔王城ということを思い出し、
不意に赤毛の副将を思い出した。
思えばあの副将のおかげで今は犬が苦手だ。
確か一族最強といわれた祖父の弟、ストロンガスの弟子。
そして弟の兄弟子だったはず。
修行中など雑用を任されていた最中、
手合わせでストロンガスを倒したのを見たことがある。
今でも四天王長に頼み剣を教えてもらっていると聞いたことがあるような気もするなぁ、
と過去の記憶にののしられながらぼんやり考えていた。
『一度たりとも戦場でまともに戦ったことのないやつに言い訳を言う権限はない。』
いつも強いのばかり相手で戦う隙すらないからしかたないじゃないか、と心の中でつぶやく。
もっとも、魔王軍1軍に所属していたのは魔剣士一族であるから。
一族の名が高いためにランクが下げられず、
二番隊のさらに13に分かれた小隊のひとつに所属していたのだ。
小事であればこの小隊のみで十分という戦力の中、当然強過ぎるような厄介ごとはない。
ほとんど喧嘩の仲裁などが関の山。
ウェハースはそれらに対して、喧嘩に油を注ぐ・物を破壊するや、
仲裁するはずが間に入りながらも止められずに揉まれているかと、
まるで役に立たない活躍ばかりを残していた。
唯一できたのは魔剣士一族が趣味としている創作料理のみ。
9割方有害物となる一族と違い、なんとなくそれなりの物を作ることができる。
つまり魔剣士一族らしくない魔剣士ということだ。
『いや。忘れてはならなかったな。お前だったからこそ、甥のキルが生まれた。
それだけは誰にもできないことだ。』
たしかキルは若いながらにも魔王軍2軍にいるとかで、
たまにその話を聞いたことがあった気もする。
勉強家だったから策士が多い2軍かぁ、といまさら感心すると首をかしげた。
2軍の軍団長は確かホースなんとかで、
何とかの月とかいう一行が魔法を使えない体にしたので引退してずいぶん空席だったはず。
1軍から移動する少し前にその席が埋まって、
そこの指示で2軍に降格というか移動になったのだ。
情報の整理やその他雑用をこなす五番隊に配属になったがキルの姿はまったく見なかった。
そこでファザーンという四天王のコードネームを知り、
キルと同じ名前かと感心した気もする。
『父さん。明日、執行場の牢へ移送されます。
今夜は魔の神にでも自分の犯した罪を悔やみ、謝罪していてください。』
キルもいたのか、と思うと同時にはっと気がついた。
もうぼんやりしか見えないが、弟と一緒にいるのはどこにいたのか息子の姿。
「もっもしかして…ファザーン様とキルは…。」
ウェハースはいつの間にか別の風景に移っているのも気がつかず、
今までに見せたことがないほど深刻な顔をする。
「名前も同じ…。つっつまりファザーン様は…キルの友人か!」
蝙蝠を通して見張っていた二人が肘掛から腕をはずし、
偶然その声が聞こえた小さな鬼の片頬が引き吊れる。
そんなことは露知らないウェハースは長年の疑問が解けたとばかりに頷き、
幻覚で現れた霧のドラゴンに声にならない悲鳴を上げ、
一目散に生垣に頭をねじ込み隠れる。
すぐに霧は魚の形になったが、ウェハースは頭を隠しただけの状態でぶるぶると震えているだけだ。
|