「今すぐあの雑巾始末してきて良いですか?」
鬼の金色の瞳をぎらつかせる小鬼をローズが止めた。
怒りと呆れとを吐き出すように大きく息を吐くと思わず込めていた力で数ミリほど伸びた角を撫でる。
「まぁ落ち着いて…ね?」
「あそこまでわかっていてわからないというのはあれらしすぎて
なんともいえないのだが…。」
踵を返そうとしていたキルの目の前に移動したローズは怒るキルを抱きとめ、
元の席へと瞬間的に戻ってきた。
仄かに香るラベンダーの匂いに、徐々に怒りを静めたキルは
頭隠して尻を隠さない父の姿に青筋を立てる。
一応非力とはいえ四天王長。
キルの抵抗を抑え、落ち着かせるよう髪を撫でた。
「もう大丈夫です。そこまで怒っていませんから。」
「そう?ならいいけど…。」
手を離すローズから離れたキルは蝙蝠が見せる光景をにらみ、
責務に戻りますとその場を立ち去った。
顔を見合わせる二人だったが、ウェハースの様子に揃ってため息を吐いた。
「そういえば…“夜目”が使えるようになったと聞いたがなれたか?」
「え?あぁ、…まだですかねぇ。なんかすぐ変えられないというか…。」
見えるか?と部屋の灯りを消したロードクロサイトにローズはすぐ返事を返さない。
ためしに口元に手を当て、何かに集中しているローズの額を弾くと直前で顔を上げたが、
そのまま椅子ごとひっくり返った。
「いきなりなんですか!?あぁ…びっくりした…。」
「そんなに難しいことじゃないだろうが。」
蝙蝠が映す光景からの明かりのみで、常人にはほとんど見えない中、
立ち上がるローズを見ていたロードクロサイトは瞬きで“夜目”と呼ばれる目を解く。
途端に見えていたローズが闇に包まれ、わずかな輪郭以外見えなくなるともう一瞬きで切り替える。
「魔王様は物心ついたときには自然に変えられたそうですけど、
まだ慣れていないんですよ。人間にはこんな便利機能ないですから。」
また見えなくなったのか、手探りで椅子を探すローズにロードクロサイトが
足を出すと案の定躓き、差し出された腕に倒れこむ。
再び見えるようになったのか、慌てたように飛びのき、今度こそ椅子を起こし座った。
「気を抜くとどうしても暗いと見えないっていう思い込みで戻ってしまって…。」
「慣れるしかないな。前にも言ったが、絶対に夜目を使っている状態で日差しの下や、
明るいものを見るなよ?炎とかならまだ暫く目がくらむ程度だが…
日差しは禿る以外に夜目の状態で見てしまうと目が一瞬で焼けるそうだぞ。」
夜目を使っているためにいつも以上に赤く染まった瞳でローズを見れば、
ローズもまた黄色で縁取られた青い目がよりいっそう鮮やかな色に変わっている。
「それは…禿になるとかはフードかぶれば平気ですが危ないですね…。」
「その代わり状態異常の暗闇などになかったときは治す手間が惜しく、
なおかつ日差しがない場合にのみ夜目を使えば無効化できる。」
バンダナで日差しによる禿の心配はないはずのローズはそう呟く様に言うと、
ロードクロサイトは便利なときは本当に便利だ、という。
「まぁ暫く夜目になれるよう練習すればいいだろうが。」
「風邪を引いた夜中に調べ物をこっそりするにはよさそうですね…。練習します…。」
灯りを出すのが面倒なのか、暗いまま蝙蝠の映す一行に目を戻したロードクロサイトに、
ローズは大きくため息を吐いた。
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