三つ首のドラゴン

 

 あぁ疲れた、と伸びをする魔王は立ち上がり手に持ったままの蝙蝠を見る。
伸びをした際強く握った気がするがとりあえず中身は出てない。
【フローラ、ご苦労だったな。大丈夫か?】
 戦線離脱したフローラに念話を入れるロードクロサイトにやや遅れて
彼女ではない声がそれに答えた。
【ケアロスです。魔王様、フローラ様の容態ですが、
 もうしばし眠っていただければ通常生活ともに問題はございません。】
 眠っているというケアロスの言葉に労わってやってほしいというと了承の返事が返ってくる。
 
【ところで魔王様、ジキタリス様はそちらにいらっしゃらないでしょうか?
 先ほどから念話が通じないのですが…。】
【いや?大方部屋に引きこもっているんじゃないのか?
 ふさぎこむととことんふさぎこんでいるだろう。
 これから屋敷に向かうつもりなんで、何か伝えておくか?】
 見張りの蝙蝠を散らし、引き連れるロードクロサイトは
手に持った蝙蝠の翼を広げてみたり、耳をつかんだりしまじまじと観察する。
そういえば自分が化身化した姿をまじまじ見ていなかったとばかりに遊ぶロードクロサイトに蝙蝠は目を回したまま目を覚まさない。
【あ、いえそれほど火急の用事ではないのですが、
 時間ができましたら治癒の間に来ていただけるようお伝えしていただけますでしょうか?】
 ケアロスの言葉に返事をするロードクロサイトはようやく動き出した蝙蝠に目を向ける。
 
 
「さて…これどうするかなぁ。」
 もぞもぞを動く蝙蝠にため息をつき、手に持ったまま部屋を出た。

「魔王様?」
 突然声をかけられ、若干驚いたロードクロサイトの手から蝙蝠が滑り落ち頭を打つ。
気配を一切もらすことなく扉の影から出てきたキルは落ちた蝙蝠に目を向けやっぱり、
と大きなため息を飲み込んだ。
「血の吸い過ぎには気をつけてください。それと、誤魔化す為に蝙蝠に変えて…」
「いや、あの一行見てたら暇でつい。」
 こっそり部屋に戻せばばれないだろうと考えていたロードクロサイトが手を振ると、
頭をさすりながらローズが起き上がった。
その様子にキルの米神がピクリと動くが魔王と四天王長の前。
まだ経験も何もかもが浅い自分が城内で怒鳴ることは出来ない。
「さっきは握り締められて危うく中身出るところだったじゃないですか!いたたたた…。」
「やっとフローラ戦が終わって私だって疲れていたんだ。
 マリモを握っている感覚だったんだから仕方ないだろう。」
 お腹痛いと片膝を突くローズに疲れた様子のロードクロサイトは何が悪いとばかりに言う。
言った途端、目の前に立つ小さな鬼の角が音を立てて若干伸びた気がしたが成長期かな?
と気にしない。
その代わり、された当人の殺気が漂い眉間にしわを寄せたことに気がつきどうした?
と首をかしげた。
「僕だって疲れていますよ!!!だいたいマリモってどこから出てきたんですか!
 何で蝙蝠持ってるの忘れてマリモなんですか!?本気で…ばっかじゃないですか!?」
 睨みながら怒るローズはそこまで言うとはっとしたように口をつぐみ、
恐る恐るロードクロサイトを見る。
普段見せないほどさわやかに笑う笑顔に、今度念写で写紙に写して飾ろうと心の中で両手を握りこむローズ。
その師匠の思惑が瞬時に思い浮かべられたキルは目の前で蹴り飛ばされ、壁に激突する様を静かに見つめた。
「いっつ〜〜。おでこ打った…。キル、たんこぶできてない?
 痛くって…いったああああぃ!!!」
「これぐらい大丈夫ですよ。」
 額を押さえるローズにキルは手加減せずぴしゃりと叩く。
悶絶するローズは涙目になりながら立ち上がるとなにやら懐に手を入れた。
背で隠しながら後ろ手に紙を指で挟んでいる。
キルの目の前で魔力がこめられ、徐々に何かが浮き上がる。
何が写し出されたのか見なくてもわかるキルは燃やしてやろうかと手を近づけた。
だがあと少しという距離でローズの手が軽く振るわれ、写紙が消える。
ちらりと振り返ったローズの口元には笑みが浮かび、キルは小さくため息を吐いた。
次からは迷わず全身燃やしてやろう。
 
「そうだ、ジキタリス様に一行の調査書をと思って探してました。」
「あぁ、調査書か。今見ても大丈夫?」
 きっちり巻きなおした巻物を渡すとローズは片手で器用に広げ、目を通し始める。
「それと魔王様、フローラ様がやぶれたとケアロスに聞きましたが、まだ中にいるそうですよ。」
「あ〜そういえばあいつらがいたな…。仕方ないもう少し見るか。」
 いつもならば四天王が敗れた時点で一行が帰るので、
忘れていたロードクロサイトはローズをそのままに再び部屋に入り、蝙蝠たちで渦を作った。