「キル、よく出来てるね。この資料。アイアンは仕方ないから大丈夫。」
 きっちりときれいに巻かれた巻物を受け取るキルは
廊下の窓に穴が開いていることに気が付き、
巻物を差し出していないほうの手から血が出ているのに目を向けた。
その視線に気がつくローズだったが転んだ、といい片頬が引きつりながら無理やり笑顔を作っていた。
 
「何があったんですか?」
 以前2人の間に一悶着あったらしいという話は聞いたことがあるが、
何せ立ち会ったものや通りがかったものがいないため本人達以外誰も情報を持っていない。
そのために毎度首をかしげることではあるが、
その問いにローズは無言で不機嫌なオーラを発した。
それによりこれ以上の詮索はやめておこうとイルヤンにまた聞いてみるかと息を吐いた。
「ちょっとローズ、こっち来い。」
 魔王に呼ばれ、すぐに不機嫌なオーラを散らしたローズは
なるべく蝙蝠を見ないよう隣の席に座る。
ユルングの戦闘は後で部下から情報を収集すれば大丈夫だとキルは部屋を出て行った。
大体ここに四天王のうち2人と魔王がいるのは非常に効率が悪く、
やることが進まないとトップ2人に大きくため息を吐いた。
 そのことを配慮してこうして席を立っているのを果たしてわかってくれているかどうか、とキルはセイらのところへと向かった。
 
 
 キャシーの矢を避けるユルングは重力を感じさせない動きで一行を翻弄する。
「補助系氷魔法 雪月花。」
 宙に浮いたユルングは下を向くと指で作った輪に息を吹き込み、キラキラとした雪を撒いた。
キラキラと光を反射する雪は花をかたどると一行を包み込む。
「また幻術!ポリッター!しっかりしなさい!爆裂魔法を!」
 ぐにゃりと視界がゆがみ、平衡感覚を失うネティベルは弟子の足をどうにか蹴り飛ばすと癒しきれなかったフローラ戦のダメージに膝をつく。
「治癒魔法 衝羽根朝顔」
 ネティベルの幻術解除呪文により仄かな香りが辺りを包むとチャーリーは
はっと顔を上げ、ユルングに切りかかった。
「応用下級火魔法 火炎結界網!」
 ポリッターの声と共に一瞬赤い炎に包まれるがユルングの魔法が解け、
ジミーとアイアンは召喚術を始める。
ユルングはその一連の動きに口元を吊り上げ、楽しそうに笑った。
「赤き紅蓮の使者 その姿、小さき竜の如し 赤き吐息を持って焼き払いたまえ 
 下級火精霊召喚サラマンダー」
 ジミーの言葉と共に赤く燃え盛る蜥蜴が現れ、ユルングに向けて飛び上がり、
裾に張り付く。
振りほどくように足を振るユルングだったがサラマンダーが離れながら吐き出した炎に裾を焦がした。
 
「魔法が効いた!?」
 先ほどの2人がアナンタは物理、イルヤンは魔法が効かなかった事から
最悪のことを想定していたポリッターは驚いたように目を開く。
宙から降り立ち、裾を見るユルングは無表情で何を考えているのかわからない。
「堅牢なるその岩岩よ。その強固なる力をわれらに与えよ。補助系土魔法 巖阻!」
 ただ本能的にいやな予感がするネティベルはすぐさま防御力をあげた。
ジミーの体が黄色い光に包まれ、防御力が上がったと同時にユルングの拳が当たりジミーを弾き飛ばす。
防御力をあげているためダメージは少ないが物理反射でなくてよかったと
ネティベルは冷や汗をかいた。
自分の唱える物理反射では許容量を超えてそのままジミーに伝わってしまうところであった。
 
「あたいの服だけでなく、あたいの肌に火傷負わせるなんていい度胸してんじゃねぇえか!」
 完全に男口調でドスの効いた声を上げるユルングは、
壁に当たり瓦礫に埋もれるジミーに向けて拳を振り上げる。
2人の間に岩壁が出来るとベルフェゴがジミーを連れて飛び出してきた。
だが岩が砕けると突き抜けた拳がベルフェゴに当たり壁にめり込む。
「ベルフェゴ!!焔火剣 火伝鎌鼬!」
 溜めが不十分なまま放つ火炎の斬激だったがユルングのあげた土埃に吸い込まれ、
当たったような音がし、チャーリーはベルフェゴの元に駆け寄った。
「大丈夫!?春風の光 木漏れ日の光 さらさら流れ、旅人の傷を癒す 
 中級補助系光魔法 光風」
すぐさま回復魔法を唱えると後ろからの殺気にベルフェゴを抱えたまま
横に転がるようにして回避する。
ネティベルが重複して唱えた防御魔法により防御力は上がっているが、
まともに食らってはだめだと本能が警告を発していた。
再び襲い掛かる攻撃…蹴りを避けると刀を構え、次の攻撃を受け流し斬り付ける。