「エリー、傷もう大丈夫です?」
 雑貨屋に入るエリーにジュリアンは問いかけ、雑貨屋を見回すベルフェゴに魔法薬を渡す。
「あぁ。あの亭主の薬が効いたらしい。
 ポウェルズ、さっきから何かの気配が感じられるのか?」
 傷は平気だというエリーは、しきりに辺りを気にするベルフェゴに目を向けあたりの気配に気を配る。
「いろいろな気配があってわかりづらいけど…プリアンティスがいる。
 気配をかなり抑えてるけど。もう一人一緒にいるけど…
 こっちは完全に気配を消していてわからない。」
 あっちの通りだと思うというベルフェゴにエリーとジュリアンは目配せすると
手早く買い物をすませ、路地を通りながら大通りを目指す。
「この近くか?」
「うん。この近くの建物の中。」
 あたりに気を配りながらベルフェゴの示す建物の入り口に入り、
空いているいすに座る。
どうやらカフェらしく、適当に飲み物を頼むと奥の方に座る赤毛に目を留めた。
相手は気がついていないらしく、手に持った長いスプーンをもてあましている。
その目の前には大きなパフェがあり、向かいに座るローブ姿の男が嬉々として食べているという妙な光景がある。
「食べないのか?うまいぞ?」
「一人だけちゃっかり変装まがいなことをして…。
 最初の一口は毒見として食べますが後はお断りしますよ。」
 運ばれてきたホットドックにかぶりつくプリアンティスは以前あったときの服装ではなく、
長いワンピースのような白いシャツにベージュのズボンを履いた姿で
あちらこちらに向いた髪を綺麗に束ねている。
 
「よくよく考えたらあのやかましいのに見つかったら面倒だろうが。」
「はい?そのお2人を探しにいくのに呼ばれたと思うんですが。違いますか?」
 眉を吊り上げるプリアンティスは、手についた調味料を舐め取ると立ち上がりかけ、阻まれた。
「ケチャップがついてた。」
「このっ…なっ…。」
 顔を赤くし、わなわなと震えるプリアンティスにフードの男は楽しげに笑う。
あれで変装していたのか、と思うエリーは思わず頭を下げさせたベルフェゴから手を離し、
眼が点になっているジュリアンを起こす。
顎を打ちつけたベルフェゴは立ち尽くすプリアンティスの正体に気がついているためか
かなり複雑そうな表情で行動を盗み見る。
「ん?シィルーズ、急いでしゃがめ。早く!」
「え!?あぁはい?」
 パフェを食べ終えた、どう見てもロードクロサイトにしか見えない男は
マントから蝙蝠を出すとシィルーズの体を包み、同じ蝙蝠に変え懐に隠す。
自分もフードを深くかぶると座り位置を変えて入り口から顔が見えないようにする。
 
 程なくして現れたのは元気いっぱいのエメラルダとクラトカの夫婦。
イングリッシウ語で何か話す2人は中を見回すとフードの男に目を留めまっすぐそちらに向かう。
 
 
「やっと見つけたくぅちゃん!」
 近づく気配はしていたが、まさか探してはいないだろう、
と思っていたロードクロサイトは舌打ちをすると、
普段顔を合わせるたびに血を吸われているローズ…
今はシィルーズになっている蝙蝠がこわばるのを感じ、さっさと追い払うかとフードを落とした。
「あれ?クラトカが彼女連れだって言ってたけど…彼女どこ?」
「彼女?見間違えたんだろう。」
 ちゃっかり席に座るエメラルダとクラトカ。
ねぇ?と確認を取るエメラルダにクラトカは頷き、ロードクロサイトを見つめる。
「サキュバスの彼女がいただろう。」
「だから見間違いだ。まぁちょうどいい。今勇者一行と戦闘中だから城には入るな近づくな。」
 懐に隠したシィルーズが見えるのかと思うほど見つめるクラトカは
ロードクロサイトの言葉に知っていると頷いた。
「さっき泊まっている宿で人間を見た。」
「そうそう、精霊の子いるでしょ。一行に。
 その子、精霊の力使ったら精霊化始まっちゃったみたいで、
 止めるよう言っておいてもらえない?」
 厄介なことになる前にと思っていたのがすでに厄介なことになりかけている、
とシィルーズはため息をつき、背後から来る視線に冷や汗をかく。
そういえばジミーのことをハデスに聞こうと思っていたシィルーズはついでに頼んでおくかと背後の視線を気にしながら考えた。
「あとでローズに言っておく。とにかく邪魔だから当分…40年ぐらいどっかいっててくれ。」
「ん〜つめたい〜。くぅちゃんってば照れ屋なんだから。ねぇ?クラトカ。」
「ロードクロサイトも年頃なんだ。このように素敵な女性を前にしたとしても
 周りを気にするほどに若いのだろう。
 私にはエメラルダと共にいて、貴女意外かすんで見えるというのに。
 それに思春期の子供は親に知られたくない事だってあるんだろう。
 懐に隠すという典型的な行動が物語っている。」
 手で払うしぐさをするロードクロサイトにエメラルダは口を尖らせると
クラトカにしなだれかかる。
それを抱きとめるクラトカはよくわかる、という顔で頷くとエメラルダを見つめながら呟いた。
その言葉にエメラルダは目を輝かせると手を叩き何かを唱える。
それに慌てたロードクロサイトが蝙蝠を取り出すと同時に術が解かれたシィルーズは元の姿に戻り、ロードクロサイトに抱えられていた。
「ほら、居た。うそじゃなかっただろうエメラルダ?」
「疑ってないわよ〜クラトカ。サキュバスの女の子?まだ若い子じゃな〜い。
 どこで知り合ったの?ねぇねぇ。なんていうの?今何歳?」
 エメラルダはクラトカの頬をつつくと身を乗り出しながら目をらんらんと輝かせた。
出来ればかかわりたくないシィルーズはロードクロサイトの隣の腰掛け、
どうするんですかと目配せする。
 
「シィルーズだ。100歳だったか?」
「そうです。魔王様の友人のシィルーズと申します。
 フローラ様の屋敷に行こうとする途中、魔王様に出会って、少し休憩していたんです。」
 友人のところを強調して言うシィルーズは机の下でロードクロサイトの足をつねり、
ですよね?とにらみつけた。
「まぁ…それでいいか。」
「それでいいかではなく、そうですよね。」
「なぁんだつまんない。」
 つまらなそうにするエメラルダにシィルーズは笑うと、
何かに気がついたのか短剣を取り出し目にも留まらぬスピードで投げる。
投げられた先では驚いたように顔を引っ込める人間達。
「それでは、魔王様。フローラ様にみやげ物を持って行きたいので失礼します。」
「ああ、サキュバス一人で出歩くな。
 とにかく、勇者一行と戦っている間魔王城に近づくなと、勇者一行に余計な情報を流すな。」
「サキュバスは力が弱いから一人で町を歩くのは危ないわよ〜。
 くぅちゃんに送ってもらうといいわ。余計な情報は流してないわよ。
 ねぇクラトカ。」
「若いサキュバスだからだろうが、魅了の力が出たままになっている以上道中危険だ。
 他愛の無い会話はならするが…。エメラルダ、仕方ない。
 魔王になっている以上さまざまな制約があるんだろう。私達が破るわけにはいかないよ。」
 立ち去ろうとするシィルーズにロードクロサイトが呼び止め、
エメラルダとクラトカにまで止められる。
元の姿では四天王長として知らないものがいないために淫魔であっても行動していたが、
この姿では新参の若いサキュバス。
今まで考えたことも無いことを指摘され、シィルーズは首をかしげた。
 クラトカの言葉にエメラルダがしぶしぶ承諾し、
ロードクロサイトに確認を取っている間、シィルーズは先ほど短剣を投げた先を見つめる。
目を合わせられた少年は無言の威圧感から何が言いたいか読み取り、
こくこくと小刻みに頷いた。