「そんな謝らないでくださいよ。もしその時点で言われていたらきっと僕は
パニックになっていましたし…。ということはあのキルという少年も怪しいですね。
ウェハースさん、何か知りませんか?」
あわあわとするチャーリーは何か考えている風に見えるウェハースに目をむけ、
そういえばこいつの息子だったとエリーらも目を向ける。
向けられた本人は数秒考えるとそのまま硬直した。
どうやら思い出そうとしてオーバーヒートしたらしい。
やっと動いたウェハースだが、まだ何か考えている。
「そっそういえば…2軍のファザーン様とキルは友人だったような…。」
呟くような言葉に思わずジュリアンの拳骨が降り注ぎ、
ウェハースは寸止めされた拳に顔を引きつらせた。
「フルネームはなんて言うだこのくそ爺。そのファザーンってのは。」
「ほっ本名は知らない。けど、2軍のキル=アサシ=ファザーン
っていうコードネームだった…。」
にっこりと微笑みながら血管を浮かせるジュリアンに、
ウェハースは迷宮内で思い出した2軍の四天王の名を出す。
「ちょっと待ってちょうだい。4軍があのフローラでしょ、3軍飛んで2軍がファザーン…。」
「それってあの少年のことじゃないのか?息子だったなら実家で会ってるだろう?」
頭を抱えるネティベルにエリーは疑問を浮かべたまま睨む様にウェハースを見る。
意味がわかっていないらしいウェハースはかなり遅れてそれは無い、と笑う。
「だっだってあっあのファザーン様は人使い荒いし、キルはとってもやさしい子だし…。
ファザーン様は頭脳明晰でとても強いし…キルは2軍に最年少で入団してたし…。」
違うじゃないか、というウェハースにキャシーはそうかなぁと首をかしげ、
そうかもしれないと手を叩く。
ポリッターとアイアンも違いますよね、と言いネティベルはますます頭を抱えてしまった。
「そっそういえば…1軍の人…男だったような…。」
「あなたの知っている魔王軍のこと全部話してくれるかしら?」
何年前の話かわからないが、どうして今まで聞かなかったのかしら、
とネティベルは過去の自分に問いたい。
聞いていればもしかしたら今回の戦いでも対策が出来た可能性がある。
「えぇっと…おっおいらは1軍の二番隊の十三小隊にいて…。
めっ命令はいっつも一番上でフェンリル様だったから…。
しっ四天王長様はうんと遠くからしか見たことがないような…あるような…。」
あいまいな言葉にエリーは手入れをする短剣を持つ手に力が入る。
気がつくチャーリーがなだめるが、弟のベルフェゴまで米神がピクリと動く。
「たったしか…ジキ…ジキ…ジキ?男だったような女だったような…。
おっ弟のスォルドがとっ父さん…当主様に言っていた様な。」
干せば出てくる蚤のように情報が飛び出てくることにジミーは
もっと早く言って欲しいとばかりに怪しげな木の根を噛み千切る。
はっきりと言わない事に徐々に部屋の空気は重く硬くなっていった。
チャーリーも何とかなだめようとするが、ふとあのキルの姿を思い出し、
ものすごい苦労があったのではと敵ながら同情してしまう。
仮に彼が四天王の一人だとしたら鳶が鷹を産むというか、奇跡に等しい違いじゃないか、
とベルフェゴは目の前の雑巾をみつつ同情するのには可哀想過ぎると思い、
キルにご苦労様と内心頭を下げた。
「それじゃあ代替したのかしら?今はプリアンティスが1軍軍団長だって
言ってたはずだから…。」
「たった十年ほど前のこっことだから…どっどうなんだろう?」
これ以上情報は出ないとばかりに大きなため息をつくネティベルはそう締めくくり、
まだ呟くウェハースを目で黙らせる。
その一連のやり取りを見ていた大きな烏は深々とため息をつき、
自分より少し小さな烏に寄り添った。
フローラ戦から5日後。
ネティベルの治癒呪文と薬湯などにより回復した一行はまた城の前に立っていた。
近づくと勝手に開く扉に、また開門の言を述べなければならないのかと
危惧していたチャーリーをほっとさせた。
中は霧の立ちこめる迷路だが、その入り口に台が置かれ、何かをはめるようになっている。
ベルフェゴがそこにあの紫色の宝石をはめ込むと、目の前に魔法陣が現れ淡く光る。
「いよいよ3軍。皆さん、武器の準備は大丈夫ですか?」
振り返り、確認を取るチャーリーに一行は頷く。
フロ−ラでさえ、不意打ちで勝ったものを、真っ向から勝負し、
勝てるのかと不安がよぎるが、強い目をしたネティベルらを見渡すと気持ちを切り替え、魔法陣へと進んだ。
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