「ぎゃああああぁああ!!!」
突然響くウェハースの叫び声にキャシーが振り向く。
矢を後方に放ちながら駆け寄るとウェハースは血溜まりに倒れ、呻いている。
「おじさん大丈夫!?!」
慌てて起こすと無数の爪に引っかかれたような傷が目立ち、
動物に襲われたかのような噛み傷が多数あった。
「キャシー、止血剤渡しておくから塗ったらそのまま木に寄りかからせといて。」
駆けつけたネティベルは小瓶を渡すと辺りに目を向けた。
獰猛そうな動物は見当たらないが、小さな足跡に何の魔獣かと考えるが魔獣といっても千差万別。
カサッ、と草が揺れキャシーは矢をつがえた。
よほど小さいのか、音はかすかに鳴るが姿はまったく見えない。
トカゲの魔獣かと考えるが、それにしては噛み傷と引っかき傷がわからない。
スバルナから飛ばされる羽を避けると小さな鼠の姿が見え、ネティベルは眉を寄せた。
鼠というかどちらかというとよく家庭で飼われている小動物に見えなくもない。
すぐに草むらに隠れたそれに、まさか、と首を振るがこんなところにハムスターがいるはずもない。
普通、魔獣だとそれのモデルやタイプのものよりも大きくなるはず。
なら鼠タイプのものは大鼠やメッキー鼠などの大型類であんなに小さいはずはない。
まぁメッキー鼠は人ほどの大きさの獣人で鼠というには大きすぎるのと、
いろいろな色がいるくせにちょっと怪我をすると中から黒い下地が見える謎の生物だ。
全身黒いものを見てしまうとあっという間に取り囲まれ、どこかへ連行されていくともいう噂。
さすがにそれじゃないわね、と考えると同時に飛んできた毛玉にとっさに伏せた。
大きな毛玉はさっき見た鼠じゃなく、耳の長いぬいぐるみのような物体だ。
「ウェハースをかじったのはこのグレムリン!?
こんな大きさのものがいたようには見えなかったのに…。」
ボーガンで草むらを凪ぐキャシーにグレムリンはすばやく避けるとボーガンに飛び乗り、
キャシーの顔を蹴り飛ばした。
怯むキャシーに、反動で後ろへ降りるグレムリンは一瞬で草むらへと姿を消した。
小さな子供ほどあるグレムリンがあっという間に姿を消し、
ネティベルとキャシーは背を合わせ周囲を警戒する。
物理攻撃が強靭な筋肉のおかげで半減されるキャシーはずきずきと痛む額に
普通ならどれだけの威力があるのかとボーガンを握る手に力が入る。
「まったく見えないわ…キャシー!かがんで!!」
突き飛ばすネティベルにほとんどびくともしないキャシーだったが、
その勢いにしりもちをつき、目の前を飛び去る物体に目を見張った。
何か喋るスバルナはそのまま上空に飛ぶと急降下を仕掛け、ネティベルの放つ火の玉を避ける。
その背から何か飛び出すと大きくなり、グレムリンとなってネティベルに襲い掛かった。
「風鎌鼬!」
チャーリーの放つ斬激にグレムリンは身をひねって避けると牙をむき出しにし、 ゆらりと体から気を放つ。
「ソーズマンノ技…。アノ人ノ技。ダイヨウヒンノクセニ。3グン、キスケ。
オマエラヲ絶ヤス。」
たどたどしいジャポネーゼ語を話すグレムリンは
どこからとも無く種を取り出すと魔力を込め、上空に投げつける。
軽い音がしたかと思えば太い根が伸び、逃げ遅れたキャシーの足に絡みつく。
「これは…樹木の根!?包囲系 上級火魔法 炎上網!!」
ネティベルの唱える炎により木はあっという間に炎に包まれ、
燃え尽きるがキスケの姿は見えない。
まだ燃える木が突然凍りつくとムファスカーが現れ、
ネティベルは慌ててエリーたちを振り返った。
先にポリッターにより状態異常である凍結を解除されていたエリーは、
再び現れた魔獣を切りつけ、まだ解除中のアイアンたちを守っている。
「ファイター師匠直伝岩盤隆起!」
力を溜めたジュリアンが拳を地面にめり込ませると重い地響きが鳴り、
エリーたちを守るように地面が隆起しながら魔獣を吹き飛ばした。
「はぁああああ!!!!!!」
突然のことで怯む魔獣をよそに隆起した陰に隠れたジュリアンは
髪が逆立つほどの気合を溜め、その勢いに若干地面がえぐれる。
「キャシー!ウェハースを地面から離せ!」
「ドンポス家奥義…魔砕陣!」
とっさの予感に叫ぶエリーと地面に赤く光る拳を突きつけるジュリアン。
キャシーがウェハースを持ち上げるのに遅れて聖なる力を持った炎が衝撃波を伴い、
辺り一帯に広がる。
上空にもお構いなしの攻撃に魔鳥は吹き飛ばされ、
人間以外の魔物に大ダメージを与えた。
「ナイスエリー!です!エリーならそう判断すると思ってました。」
「まぁ戦闘不能になっているようなものに当たるかはわからなかったが…
気がついてよかった…。」
まったく、と呆れるエリーにジュリアンはえへっ、と舌を出す。
ムファスカーやスバルナさえも吹き飛ばす攻撃に、
次が来る前にとネティベルは全体回復魔法を施し、アイアンたちの凍結を解除した。
「さきほどのキスケという魔物はどこに…。」
いつでも鎌鼬が放てるよう構えるチャーリーは辺りを見るが、なぎ倒された草むら以外何も無い。
「兄ちゃん!上!」
凍結が解除され、動けるようになったベルフェゴの声にチャーリーが顔を上げると、
黒い蝙蝠が何かを足で掴んで飛んでいた。
灰青色の物体…ハムスターを重そうに掴む蝙蝠は、
必死に羽ばたきながら木に降りようとしている。
エリーの投げる短剣が掠め、蝙蝠はバランスを崩すとハムスターを枝に降ろし、
そのまま転がり落ちた。
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