休息

 

 和風な廊下を右に左に足を進めながら歩く男は、
一風変わった扉の前に来ると手にした巻物を落とさないよう注意しつつ、
いつものように足で押し開く。
「クラマ…そのあけ方はよくないと思うがのぅ?」
 突然、声が耳元で聞こえ、せっかく落とさないようにしていた巻物がその手から零れ落ちた。
 すぐ近くに落ちた巻物の下でわずかな音が聞こえると、
どこからともなく矢が飛んで来たがクラマは何でもないように背に生えた翼で叩き落とした。
くつくつと笑うタマモはいたずらが成功したと喜び、自分の席へと移動する。
「タマモ殿…。あぁ吃驚したでござる…。
 せっかくタマモ殿がサボっていた分を代わりにやったというのに…。」
「これはこれは。妾のが少ないのぅと思っておったところじゃ。
 して…3軍戦はどうじゃったか?」
 すまんすまん、と口元を緩めたまま謝るタマモにクラマはため息をこぼし、
ひとまず落とさなかった巻物を自分の席へと下ろした。
「どうもこうも…。ほとんど戦闘不能でなんとか生き残ったようなものだ。
 それよりもジキタリス様が魔王様のお力で蝙蝠姿になって見ていたということが…
 ブルサフィ様をお守りするべく魔法の前に飛び出してしまい、
 現在治癒の間で休養中。魔王様お一人ではサボ…さすがにお疲れになるだろうと、
 キル様が付き添いで見張っていた。もうすぐ戻られると思うが…。」
 落とした巻物を拾うクラマははぁ、ともう一度ため息をこぼす。
 
 
「扉の前で邪魔です。」
 
 蹴りだした足のまま扉の前に立つキルは足元に転がるクラマに目を落とし、
にやりと笑った。
「ずいぶんストレスが溜まっておるようじゃのう。」
「えぇ…えぇ。まったく魔王様は本当に…。
 師匠が何で不満を言わないか感情抜きで教えて欲しいですよ。」
 笑顔で答えるキルにクラマは黙って巻物を拾う。
タマモでさえいつもの笑みを薄れさせ、席に着くのを目で追った。
「まぁジキタリス様は魔王様が大好きなようじゃからのぅ。」
「最近よく一緒におられるとか…。慣れているのでしょう。」
 扱いさえ慣れていればイラつかないのだろう、
というクラマにキルはどうでしょう、と首を振る。
 「ユルングたちの戦闘後、血を吸いすぎで気絶した師匠が怒り、
 暴言?を吐いた後殴り飛ばされていましたが…。」
 なんと言うか…というキルにあの魔王は何をしているんだ、
と突っ込みたくなるが最強の魔王。
 
 そうだ、とキルは手元の巻物を広げ2人に写紙を見せた。
「師匠が化身化できるようになったのは聞いているかもしれないですが、
 これが師匠の化身である半サキュバスのプリアンティス=アガベ=シィル−ズです。
 まぁ滅多に見ることはないかと思いますが…。
 あぁ、タマモさんは見たことありますね。」
 これ、と見せる写紙にタマモは頷き、クラマは慌てたように目を逸らす。
見せた写紙にはケアロスらが写したと思われるシィルーズの全身がはっきりと写っていた。
 勇者の紋があるはずの左胸にはヒラガーナの“つ”のような鎌と、
それに囲まれた血の雫の様な丸い珠の紋様があり、
ケアロスの字では魔王の印ではないかという推測が書かれている。
 
「どうしました?クラマ。急に目を逸らして……。」
「どっどうしたもこうしたも……。いっ一応サキュバスであるその……
 お体の写紙とはいえ目のやり場が……。というか心の準備が……」
 顔を真っ赤にし、目を逸らすクラマに首をかしげるキルは写紙に目を移し、
これがどうしました?と首をかしげた。
「まぁまだキル殿は若いからのぅ。そういったものでは動じないかと思うんじゃが……。
 男が多い烏天狗には少々刺激が強いかもしれないの。
 妾たち九尾では急に性別が明確に別れるからの……
 別段見慣れているようなものじゃが……。」
 
「これのどこがですか?母の背を流したりしますが……
 身長以外まったく変わらないじゃないですか。」
 まったくどこが赤面する必要があるんですか、
というキルにタマモとクラマは目を瞬かせ、頭にクエスチョンマークが飛び出る。
「一緒に湯浴みしているのかぇ?」
「時々ですが。その方が早く就寝できますし、湯を温める必要もありませんし。
 どうかしました?」
 タマモの言葉になんでもないように返すキル。
普通の年齢で考えればまぁまだ幼い部類だから、とわかってはいるのだが四天王の一角。
 それも暗殺などに長ける2軍の長が、誰もが羨ましがる鬼一族きっての
美しい女性である母と一緒に湯浴み。
「何変な顔してるんですか……。それより、そろそろ恒例の祭りが行われます。
 そのことで話し合いをしたいのですが……
 クラマ、いい加減その変な顔直さないと次の休暇、
 どこにいるか等烏天狗の方々に逐一伝えますよ?
 小隊長のセヤと出かけるつもりならまずいんじゃないのですか?」
 呆れたようにため息をつくキルに確認を取るタマモはまぁまだ若いからのぅと、
頬をかきいつもどおりの対応に切り替える。
 微妙な顔つきのクラマはキルに脅され、慌てて頭を切り替えた。
 
 烏天狗の中でもごく少人数しかいない、それも歳の近い女性を
彼女にしているだけでも一族の男共から軽く睨まれるような行為なのに、
烏天狗特有の肉中心な生活ではなく野菜中心な生活の異端児クラマが……。
ということで居場所が知られては二人っきりになれるはずがない。
「そうだ。クラマ、休暇前に……」