宿の目の前まで魔法陣で移動できた一行は、満身創痍の姿に驚く亭主に
支えられながら何とか部屋に転がり込むとそのまま眠ってしまった。
『…………。……。』
何か聞こえる声にチャーリーは目を開けようとするが、
眠さに負けてなかなか目を開けることができない。
コツコツと歩く軽い足音と亭主のと思われる足音。
強い闇の気配を感じ、必死に抵抗するが甘い香りにすぐさま眠りへと引き込まれる。
必死に抵抗していると何か話している声がわずかに聞こえ、耳を澄まそうとする。
だが抵抗もむなしく再び深い眠りへと引き込まれ…。
「痛ったい!!!」
突然聞こえた声にはっと目を覚ますが黒い霧状のものがいるだけで声の主はいない。
《眼が覚めたか愚なる者。このような石を使わなければ我と会話できないまがい物の勇者。》
霧はフードを目深かにかぶった男の形をかたどるとくつくつと変に響く声で嗤う。
歪な禍々しい何節もある指で緑色の水晶を弄ぶとニヤニヤと口元を緩ませた。
「貴方はいったい…。」
《我を知らぬとは天は精霊との縁を切ったか。
もとより魔の王を滅する人の子が精霊の言葉がわからないとは。》
嗤う闇の男にチャーリーは眉をひそめるが不意にある可能性が頭をよぎる。
「闇の精霊王?」
《我が愚息と風の歪みし者が眷属になられては輪が乱れる。
それゆえ我が君とともに永久に精霊とならんよう、
精霊の力を封じにわざわざ出向いてやったのだ。》
感謝しろ、という闇の精霊王…ハデス=シェイドは口元をさらに歪ませ、
水晶を握りこむ。
その途端声が聞こえなくなり、男は霧状の姿に戻るとそのまま姿を四散させていった。
「一体何が…。」
体を起こし、部屋にそのまま倒れこんでいる一行に一瞬驚くが
そういえばそのまま気絶したんだった、と頭を振るチャーリーは
聞こえた声とハデスの言葉を思い返す。
何かにぶつけたような声は何度も聞いたことのある青年…大叔父の声で
あっているような気がする。
ハデスの言葉に眉をひそめるが静かに扉を叩く音がし、チャーリーは思わず体を強張らせた。
音に気が付いたのか目を覚ますエリーは、行き倒れるような一行の中で、
唯一横たわっていたソファーから体を起こし頭を振る。
「誰だ?」
同じく目を覚ましているチャーリーに気が付き、
顔を見合わせるがとりあえず近くにいる仲間を揺り動かし、
いつでも戦闘できるよう武器を手繰り寄せる。
来客は静かに扉の前にいるらしく去る気配はない。
目を覚まさないネティベルとウェハース、キャシーは何とか寝台に乗せ、
残りの一行は魔物の気配がする扉を見つめた。
中が静まったのに気が付いたのか、来客者は失礼します、と女性の声で話しそのまま扉を開いた。
扉の前にいたのは青味がかった黒髪の女性。
だが気配から感じられるようにその背には黒い羽が生え、
身軽そうな和服を縛ったような服装に口元を覆う黒い覆面。
その肩には大きめの烏が一本の足を丸め、二本の足で女性に止まっている。
「初めまして。2軍一番隊第二小隊隊長セヤと申します。
敵意はないので武器を下ろしていただけないかしら?」
優しげに微笑む女性だが、突然の魔物の来訪に驚く一行は警戒し、武器を下ろせない。
にっこりと微笑むセヤはふと、表情を消し何かを投げつける。
それはあっという間に一行の構える武器に当たると弾き飛ばした。
「ごめんなさいね。あまり対象物とこうして話すことがないものですから、
少々手荒になってしまいました。」
手に持った蛇骨のような刀を振るうと元に戻し、預かっていてくださる?
と烏の丸めていた足に持たせる。
首を傾ける烏を撫でるセヤは大丈夫、と微笑み烏は不服そうに一声啼いた。
ふわりと舞う烏はそのまま扉を出ると姿を消し、セヤは一行を改めてみる。
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