解毒が進んだのか、若干顔色のよくなったローズは下を見て、横を見て、
まだ回らない頭で眉を寄せた。
『浮いている?……わぁああ!!!!!!!』
 ようやく自分が魔王に抱えられていることに気がついたのか、
慌てて飛び降り転がるようにして距離をとる。
 その動きに笑うロードクロサイトと、まったく表情の変わらない魔剣士の男。
ロードクロサイトが立ち尽くしていたエリー達に目を移すと腕を軽く振るい、
2人の足元に蝙蝠の渦を作り上げた。
「くれぐれも人間の死人は城ではださないようにな。
 人間はすぐ化けて出てくるというからな。
 一軍戦でくじけず、私の前にまでやってくるといい。」
 じゃあな、と笑う魔王に見送られ抵抗するまもなく、
地面に開いた黒い穴にエリー達は落ちていった。
 
 重力の感じない闇の中、確かに落ちていると感じていると、
不意に目の前に光が溢れ、体を強く引かれる。
「きゃあ!」
「うっ」
「ぶべっ!」
 光に入ったと思えば何かの上へと落下し、闇が消えた。
すぐ隣の部屋からは驚いた声とすぐ真下からはつぶれた声が聞こえ、
エリーはほっと息を吐いた。
「エリーさん!ジュリアンさん!大丈夫ですか!?いったいどこから…。」
 困惑した表情のチャーリーと心配げなポリッターが顔を出し、
どこからともなく帰って来た2人に驚く。
すぐ隣で寝ていたキャシーも身じろぐと、どうやら目を覚ましたらしく辺りを見回している。
「ビックリしたです。それにしても…寝台ってこうも固いものでしたっけ?」
 急に足元がなくなったことで驚いていたジュリアンは自分がいる場所を確かめ、
寝台にしては硬いと首をかしげた。
「そうだな。なにか……あぁ。ウェハースだ。」
 同じく何かに腰を下ろしていたエリーは、尻の下敷きになっている哀れな襤褸に目をむけ、
こともなげに言う。
慌てて退くジュリアンにエリーも続いて降りると目を回したウェハースに一瞥をくれ、
アイアンがいないことに首をかしげた。
「アイアンはどうした?」
「アイアンさんなら今隣でヘイラーさんと薬の研究をしていますが…。」
 なにやら怪しい空気で近寄れないというチャーリーにベルフェゴも不安げに後ろを振り返る。

 
「やはりそうか!!!」
 
 
 突然響くヘイラーの声にエリーとジュリアンは顔を見合わせ、
チャーリー達と共に隣の部屋に移った。
「おぉ!ポウェルズ!!いや〜〜。こんなところにヴァッカーノ国の…
 それもバカニナールウイルスの感染者がいるなんてなんて幸運なんだ!
 それも国で生まれたおかげで症状が顕著に現れている重度の感染者だ!」
 感動に打ち震えるヘイラーにアイアンはきょとんと首をかしげ、
同じく気圧されている一行に目を向ける。
 バカニナールウイルスといえばヴァッカーノ国がまだ頭のいい学者の国だった頃に、
作られた脅威のウイルス。
 ヴァッカーノ国でしか感染せず、出身者が頭のいい人であればあるほど症状は重くなり、馬鹿になる。
外来者であればちょっとおばかさん程度だが…。
 出身者であるアイアンが重度の感染者と言うことはまさか…。
とネティベルは隣の部屋から話をきき、なんてこと、と苦笑いする。
「いいかい?この馬鹿は九九もいえない馬鹿だ。
 それどころかヒラガーナしか話せない超大馬鹿だ!
 そこで私の発明だ!アイアン、にさんが?」
「ろく!」
 散々馬鹿にするヘイラーの言葉にアイアンが答える。
二の段を笑顔で答える姿に一行は衝撃を受け、思わず固まってしまった。
明日は人類滅亡の日かもしれない!!
「ふっふっふ。即席だが、私の作ったワクチンはちゃんと効果を発揮した!!
 将来的には完全にウイルスを除去し、ヴァッカーノ国を元の天才の国に戻し…
 私の名を世界の歴史に刻むんでやる!
 ハハッハッハッハッハッハッハハ。」
 奇妙な高笑いをするヘイラーにパシはにぎやかじゃのぅと笑い、
アイアンも意味がわからず笑う。
 
「そっそうか…。ということは完治すればかなり頭がよくなるのか。」
 まっ黒いオーラを放つヘイラーの笑いに流石のエリーも若干引き気味に答える。
ひとしきり笑ったヘイラーだが、急に顔をしかめ、大きく息を吐いた。
「しかし…かなり重い症状でな、アイアン。さんにが?」
「えぇっとねぇ…。ん〜〜〜と。ごじゅうろく!」
 あぁ、いつもどおりの平常運転なアイアンだ、とほっとするネティベルだが、
逆にしただけで答えられないというのは本当に症状が重いせいなんだろうか……。
 自信満々に答えたアイアンにヘイラーは軽く頭を抱えるようにし、
ぶつぶつと口早に薬の成分を思い出し、改良点を考え始めた。