「魔王軍第2軍暗殺部隊隊長 黒き風ヤタガラス=クラマ。
 本来の某は風の如く速やかに行うのだが、
 勇者一行との戦闘は原則暗殺を禁じられているがゆえ、致し方ない。」
 やや藍味がかった髪よりも黒い翼を広げ、右腕を体の前に構える。
あっという間に鋭い爪を持つ鳥類の足状になると数枚の羽を残し姿を消した。
「兄ちゃん上!」
 ベルフェゴの声にすばやく刀を掲げると鋭い爪が目の前で止まる。
縦長の瞳孔を持つ紺色の瞳と目が合い、チャーリーの額に冷や汗が流れた。
 紺色の瞳にあるのはただ無関心な興味のない色。
殺意を持っているわけでも、憎しみを持っているわけでもない。
唯、命令に従い、対処に攻撃しているだけ。
 ベルフェゴがちらりとセヤを見上げると、一羽の烏が屋敷へと飛び去っていくところであった。
 
「クナイ羽!」
 鉤爪の右腕を元に戻すと両手から無数の黒い羽を出し、一行めがけて放つ。
尖った先端に風が巻きついているのに気が付いたネティベルはジュリアンに目配せをする。
 頷くやいなや地面を殴り、其処から土魔法の魔力を流し込んだ。
あっという間に、殴った衝撃で浮き上がった地面が壁となり羽を食い止める。
 
「某はあまり接近戦で殺さぬようにと言うのは苦手なのだが……。
 殺した場合は化けて出ぬように。」
 背後に聞こえるクラマの声にキャシーはすばやく振り向いた。
反射的に体をそらしていたのが幸いしたのか、鋭い鉤爪が前髪をかすめ思わずしりもちをつく。
 ベルフェゴが飛び出すと2本の刀を交差させる。
逃げ場の無いよう挟み込んだと確信するベルフォゴだが、あるのは交差した長さの違う刀のみ。
「ベルフェゴ!足元!!」
 上かと見上げようとした瞬間エリーの声にはっとなる。
顎を蹴り上げられ、仰向けに体がそれるとすばやく足を払われ、そのまま後ろへ吹き飛んだ。
 ベルフェゴに回復魔法を唱えるため駆け寄るネティベルだが、
飛んでくる羽に阻まれたどり着くことが出来ない。
 
「死なないようにするのは中々大変でござるな。」
 難しい、というクラマは飛んでくる鼬状の斬撃を軽々と避ける。
「そのような襲い鎌鼬では某の影ですら斬れぬな。」
 連続するチャーリーの鎌鼬を避けると、
背後から襲い掛かるエリーの短剣を鉤爪にした右腕で掴んだ。
 その止まったわずかな隙にチャーリーが斬りかかる。
足で払うクラマだが、一本下駄の足が斬られ、クラマは眉を寄せた。
 
 短剣から手を離し、木に飛び移るが不ぞろいな下駄では立つことができない。
さっさと落とすと足袋のままポリッターへと飛び掛る。
伏せるポリッターだが、クラマの足袋から鋭い刃が現れ、腕を切りつけられる。
「暗器!?油断するな!」
 飛び出した刃にエリーははっとなるが、暗殺専門と言うを思い出し
なぜ見逃していたのかと自分に舌打ちをした。
 暗殺者の中には服に武器を仕込む事をするものもいる。
エリーも短剣をいたるところに仕込んでいるが、クラマのように飛び出すようにはしていない。
 そのせいで仕込み武器など飛び出して攻撃する、不意打ちの攻撃をすっかり忘れていた。
 
 
 ジミーが一人で呼び出せる下級召喚獣がクラマに襲い掛かるが、
一瞬の攻撃しか出来ない召喚獣の攻撃は避けられ、意味を成さない。
「ジミー!アイアンが目を覚ましたらたくさん呼んでもらうから今はいいわ!
 無理しない!」
 なんとかベルフェゴの元にたどり着き、回復魔法を唱えるネティベルは
焦るジミーに魔力を温存、回復するため休んでいなさいと言う。
相棒がいないだけで戦力外になってしまったことに唇をかみ締めるジミーだが、
じっと自分の手に視線を落とす。
 上空に逃げ、ポリッターの魔法を避けつつ短剣と羽を交互に飛ばすクラマを見つめた。
 
 
 上空に逃れたクラマはいつ徹底しようかと悩んでいた。
キルと念話を繋げ聞いてはいるが自己判断で、と言う答えしか返ってこない。
あまり痛みつけるとタマモに怒られそうだし、やられてしまうとセヤが心配しそうだし……。
 ふと、風が変わったことに気が付き、なんだろうかと振り向く。
その瞬間、木の葉が襲い掛かりクラマは目を見張った。
 木の葉を操るのは相棒がいないおかげで戦闘に参加することの出来ないはずの
半精霊である青年、ジミーであった。
 報告書では確か風の精霊と闇の精霊が人間に転生し、
その後生まれたと言う不可思議な人間とも精霊ともいえない存在。
 おまけに父親の方は闇の精霊王が生み出した上級精霊であったと聞いた。
その闇の精霊の血が濃いはず、と仮定していたのだがどうやら階級が下であった
中級の母の血を濃く引いているようだ。
 その証拠に風の精霊特有の昆虫のような薄い翅が一対激しく羽ばたいている。
 
 襲い来る木の葉に顔を背けると、口元を覆う覆面に一筋切れ目が走った。
慌てて手で隠すと八咫烏に姿を変え屋敷へと向かう。
【ファザーン様、某ヤタガラス撤退いたす。】
【ご苦労様でした。覆面、早く直さないとハッコンが烏天狗の秘密を見たくて
 うずうずしているかもしれません。私も気になりますし。】
 撤退しつつ、念話で伝えるクラマに、鬼火を通してみていたキルは
笑いを含みつつご苦労様でしたと告げた。
 念話越しに慌てる様子の部下にくすくすと笑うと地面に落ちて気絶した半精霊の男を見る。
 鬼火ではあまり色がわからないが、薄い昆虫翅の色は緑…風の精霊たちと同じであることを確認すると念のため、師匠に念話を送った。