一度離れ、相手の動きをうかがうエリーだがキルの足もとに眉を寄せた。
「(心なしか地面に沈んでいる?先ほどまでそんなことは…。)」
 突き出される剣をぎりぎり帽子がかすめるところで避け、
明らかに先ほどより増えた金属音にはっと目を見開いた。
「キャシー!ポリッター!防御呪文だ!!」
「気がつきましたか。でももう遅い。」
 急いではなれ、炎の球を詠唱していたポリッターとキャシーに危険を知らせるエリー。
 だが、細い剣を落としたキルが羽織を脱ぎ棄てるとそこにあったのは無数の小さな剣。
それもかすかな金属音と共に数を増している。
「先ほど貴方は全方向攻撃をしました。しかし、あれには穴が多すぎる。
 全方向というのは360度全ての方向。足元を含め、死角のない完璧な球状。
 この人数ならばそこまで必要ありませんが…」
 軽々と飛び上がると、体を巻くように配置された無数の短剣を広げた。
 
「最大輪 紅曼珠紗華 」
 
 ギラリとした短剣により、銀色の霧がかかったようにみえるキルの体から一斉に刃が放たれる。
間一髪でネティベルの作り出した太い木の柵に隠れるが、
その影を囲う様に地面に剣が突き刺さった。
 詠唱なしで作り出した強固な防御呪文により、
魔力を必要以上に消耗してしまったネティベルはキャシーにもたれかかる。
「大丈夫!?!MPエイダー飲む?!」
「えぇ。キャシーありがとう。上級魔法を詠唱なしで無理して使うもんじゃないわね…。」
 キャシーに支えられ、MPエイダーを受け取ったネティベルは回復しながら周囲を見渡した。
地面に突き刺さった短剣は皆金色の房が付き、一面を鈍い鋼色と金色で彩っている。
 
 
 チャーリーとポリッターの風呪文によりある程度吹き飛ばすと、
唯一の足場にいるキルに魔法を放つ。
「その程度の火力ですか。脆弱。」
 キルの差し出された指を境に炎が切り裂かれ、遠く見える山へと消えていった。
「本物の炎というのは近付くものすべてを灰にする灼熱のもの。この様に。」
 袖のない黒い着物を着ているキルは静かに腕を振るった。
とたんに突き立った短剣の房が赤く燃え上がり、一行を取り囲むように燃え広がる。
 ネティベルの出していた木に燃え移り、あっという間に灰へと変えてしまった。
「その勢い万物を押し流し 大河の流れを生み出すその力を今ここに 上級水魔法水簾!」
 エリーの水魔法がその炎を押し流すべく濁流となり短剣をのみ込んでいく。
だが、炎に当たる前に氷の塊になり、はじけ飛んでしまった。
「氷鬼…そういうことか!こいつの炎は凍てつく炎と灼熱の炎か!」
 自分の魔法が防がれたエリーは舌打ち交じりにキルの特性を見抜く。
だが燃えている炎の色は同じでどちらがどちらか見分けがつかない。
 
「あ…房が…金色に光っているのが灼熱。金色だった房が赤銅色になっているのが氷結…。」
 ぼそりと呟く声にネティベルが振り返ると震えるウェハースが剣を抜き、
短剣の房を見つめていた。
 キッと顔を上げると足元に赤い炎を生み出し、前へと飛び出していく。
「ウェハースさん!!危険です!!」
 予期しない…いや、予期すらしていなかったウェハースの行動に驚くチャーリーは、
止めようとする。
しかし、本人は短剣の上に乗り上げると足元の炎を維持しながら短剣の柄を飛び渡って行った。
「……。………。」
「ジミーくんがねぇ、おんどのちがううえをえらんでるって。
 ん〜でも、もともといろちがうよねぇー。」
 召喚コンビの言葉に毎度思うネティベルはつくづく…と大きなため息を吐いた。
この物理的に会話が不可能な青年と、大馬鹿。
どうしてこの二人に限ってしかわからないような特殊な能力を神は与えたんだろうか。