一行が完全に怯んでいる間に魔剣を拾い上げたキルは、
戦闘中ウェハースが落としていた鞘に剣を収めた。
『汝加工されし前の姿に戻れ。従わぬ場合我は次期当主として汝を破壊せし。
汝の方割れ、初代当主の角を持って命ずる。」
小さな角が白く光り、キルの目が金色に輝く。
それに呼応するかのように剣もまた光ると、キルの細い腕ほどの角へと姿を変えた。
やれやれとため息をつきそれをも鬼火で包み込む。
すぐ横に迫る殺気をやすやすと避けると、
まだ叫んでいるウェハースにうんざりするように溜息を吐いた。
「だから暗殺以外は嫌いなんですよ。こう叫ばれると耳触りでしかありません。」
「お前…仮にも親だろうが!!」
深々と溜息を吐き、うるさいなぁというキルは飛んできたエリーの短剣を受け止めた。
激昂するエリーにキルは首をかしげる。
「魔物にそんなの求めるんですか?本性は動物系であったり、
剣等のものであったりする私達に。
特に父親は生まるために必要な情報と段階でいるだけで特に関係ないでしょう。
それともなんですか?
一族から虐げられる要因を作った父のその罪を問うことなく赦せと?
反吐が出るといいますが、本当に出そうなほど愚かな発想ですね。」
ぞくりと背筋を震わせる冷淡な笑みを浮かべるキルにエリーは不快感をあらわにした。
王宮の中唯一芽生えた魔法の力。
人の命を奪う冥と凍りつかせる氷。
家臣らは不審な目で見つめ、古くからいる婆やは不吉だと、目の前で呟く。
幼くして病気で命を落とした王妃と父王…そしてわずかなものたちだけが褒めてくれた。
父はもっと才能を伸ばせるようにと、自分のわがままを聞いていろいろな師をつけてくれた。
父は素晴らしい、そう信じて育ってきたエリーにとってキルの言い草は理解できない。
ネティベルが痛みを和らげるための魔法を施すが、
ウェハースの腕を元に戻すことは到底不可能だ。
エリーの攻撃をやすやすとかわすキルは、襲い来る斬撃を自分の持つ反射神経だけで避けた。
斬撃を繰り出したのはチャーリー。
地をえぐった威力に鎌鼬か、と分析すると続いて飛んでくる矢を短刀で弾き飛ばした。
着地を狙うジュリアンの拳を屈んで避け、ポリッターの爆撃魔法を鬼火で相殺する。
ジミー達も召喚術を使うが、精霊の力を使った反動が残り上手く呼び出せていない。
「あぁそうだ。叔父からお前にと預かっているものがありました。
生まれた瞬間から持っているはずのお前の魔剣だ。
といってもナイフ程度の大きさですけどね。」
キルはそういうと懐から黒いナイフを取り出し、持ち主に向かって投げつけた。
持ち主に刺さる直前で弾かれるようにくるりと向きを変え、足元へと転がる。
繰り出されるエリーとジュリアンの攻撃を余裕を持って避けるキルは剣を組み合わせ、
宝石を緑色に輝かせる。
拳が空を切り、体制を崩したジュリアンをエリーが引き倒したとほぼ同時に、
突風の刃が2人の上を過ぎていった。
ふわりと金色の髪が風に舞い、黒い帽子が斬撃を受けて地面に転がる。
「あ…。」
「えっエリーさん!?」
驚くチャーリーの言葉にエリーは短く舌打ちをすると帽子はそのままに、
キルへと攻撃を再開した。
「え…エリー…。もしかして…。」
「今は戦闘に集中しろ!」
思わず言葉を失うジュリアンにエリーの叱咤が飛び、
ポリッターとキャシーは攻撃を再開した。
慌てて参戦するチャーリーとジュリアン。
その一番後ろで驚きと恐怖で動けないベルフェゴは、
目の前で起きたウェハースへの攻撃に足を竦ませていた。
小さな悲鳴が聞こえ、顔を上げると、
結局うまく召喚術が使えないままだったアイアンとジミーが地面から生えた土の塊に弾き飛ばされ、
大きなダメージを受けてしまっていた。
ウェハースにかかりっきりだったネティベルは慌てて2人を回復しに行くが、
ウェハースのことも気になる。
「森のごとく立ち並ぶ岩岩。その鋭き切っ先の森を今ここに!中級土魔法 石林」
ポリッターの呪文にキルは飛んで避ける。
キャシーの矢が飛び上がった影に向かって飛んで行き、キルは体をひねるようにして回避した。
短刀を使い、突風を生み出すとそれを使って方向を変える。
慣れない空中戦でキルはわずかに眉を寄せた。
いつもならば鎖やら何やらで足場を作っているが、今回は殺傷力の高いものは外してしまった。
そのせいで装備が不足していたのをすっかり失念していたのだ。
はっと短剣から土壁を作ると、そこにジュリアンの拳が強く当たる。
制御できない空中での攻撃に弾き飛ばされると、
今度はジュリアンの足から “気”で作られた蹴りの攻撃が飛んでくる。
避けきれずに防御した腕に当たり、さらに弾き飛ばされた。
くるりと体の向きを変え、地面に短刀を突き立てると氷の壁を作り出し、
そこを足場にしてようやく体制を立て直すことに成功する。
風を切る音がし、防御するキルだが一本の短刀では防ぎきれない。
チャーリーの風鎌鼬をまともに食らったキルにベルフェゴの双剣が切りかかる。
間一髪で避けるキルだが、まさかのダメージに大きく舌打ちをした。
それと同時に砂時計の方角から太鼓のような音が響き、キルは忌々しげに懐から黒い宝石を取りだした。
「今回は私も大分過信が過ぎましたね。
ウェハースへの刑執行により油断したのが大失態です。
素直に貴方達の実力を認めましょう。このオニキスはくれてやります。」
額から流れる血と相まって一層凄みのある表情になるキルは宝石を投げつけ、
鬼火を出してその身を包む。
『………。………。』
「待って!キル君!!」
思わずひきとめようとするチャーリーだったが、鬼火が消えたそこには小さな鬼の姿はない。
魔法陣が現れ、その近くにあの泉が姿を現す。
傷の手当てや回復を済ませるとひとまず宿へともどった。
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