宿に戻ったジュリアンはしまうのが面倒になったエリーの金色の髪に、
しばし放心状態が続いていた。
やっぱり自分を抱きよせたときの違和感。
あれは間違いでもなくなんでもなく…。
「ウェハースさん、一応止血はすんだようで…
 今ヘイラーさんと亭主の方が見てくれています。」
 戻ってくるなり驚いた様子の亭主は、ちょうど薬を作っていたヘイラーと共に
ウェハースを治療している。
治療と言っても血を止めるぐらいしかないが。
 
 戻ってきたチャーリーの言葉にベルフェゴはもう戦闘できないな、
と持って帰ってきたナイフのような魔剣を見つめた。
「それであの…エリー?もしかして…ノーストラリア国の…。」
「黙っていて悪かった。エレアノラ=シーザークラウ=ノーストラル。
 現在城出中のノーストラリア国の王女だ。」
 戸惑うジュリアンにエリーはトレードマークの黒い帽子を脱いだまま答える。
長い金色の髪を丸めていた髪留めを外すと、確かにあの時であった王女その人であった。
「出会って当初らへんにネティベルには知られていたんで黙っていてもらっていた。
 騙すつもりはなかった。
 ただ、いろいろ面倒が起きるのはいやだったんで黙っていたことは本当にすまない。」
 ジュリアンの茫然とした様子にエリーは深々と頭を下げるしかない。
「えぇっと…エリーさん…じゃなくて、エレアノラ王女様…。」
「今までどおりエリーでいい。言葉も改まらなくていい。その方が気が楽なんだ。」
 困惑した様子のチャーリーはどう声をかけるべきか口ごもらせた。
そんな必要はないというエリーにチャーリーはあいまいにうなずく。
 
 
「いいじゃないの。エリーは今までどおりエリーなんだし。
 この戦いが終わるまでは暗殺者エリー…でしょ?」
 元々知っていたネティベルの言葉にチャーリーは戸惑う。
そういえば役職、そんな物騒なものだった。
「何だつまらん。せっかくいろいろせびろうと思っていたのに。」
 返り血?を若干頬に残すヘイラーが戻ってくるとエリーの帽子に目を止め、
大きく溜息をはいた。
その言葉にパシが顔を上げる。
「わっわしは…イギナリデッドの近衛兵に努めておった。」
「その話は割とどうでもいいから。で、王女様とは冒険できないってわけなのかい?
 “絆”の勇者さん。」
 久々に言葉を発したかと思えばそんな内容で、孫娘は黙っていろと適当にあしらう。
ヘイラーの言葉にチャーリーは少し考えるが、考えなくてもいいことだと、
すぐに思い当たり笑う。
「エリーさんってすっごい物知りで落ち着いているなぁと思っていましたけど、
 なんだか納得できました。そうですよね。エリーさんはエリーさんです。
 ずっと僕達の仲間ですから。」
 以前、ベルフェゴが勇者だと思っていたのが、実は自分が勇者だとわかっても、
誰も態度を変えなかった。それは信頼し合っていたから。
なら、特に関係ない、という考えに行き当たったチャーリーにわずかにジュリアンが反応する。
「今度またお城に行ってもいい!?!」
「是非お城に努めている魔導師の方とお話したいです!!ね!師匠!」
「師匠って呼ぶのやめなさいって言ってるでしょう。
 あそこは確か…セスの弟子がいたはずね。」
 目を輝かせているらしいキャシーと魔導師コンビに、エリーはいつも通り黒い影のある笑みでいつでも歓迎する、と答えた。
 
 
「えぇっと…ジュリアンさんどうかしましたか?」
 先ほどから全く話していないジュリアンに、心配になったチャーリーが声をかけると、
がばりと立ち上がり、無言でエリーの前に立つ。
「その…できればジュリアンには旅が終わった後に城に来てほしと思っていたんだが…。」
「エリーは…。」
 駄目だろうな、と短く溜息を吐くと、その上からジュリアンのつぶやきが小さく聞こえる。
「道場の後継ぎとか兄らに任せて、私は…私の愛を貫く!!
 エリーが王女さまだって関係ない!私にとっては王子様!エリー!!
 私、誠心誠意をもって生涯貴方にお仕えします!!!!」
 エリーの手を握り、目の前で膝まづくとエリーを仰ぎ見た。
どこかふっきれた様子のジュリアンに誘ったエリーが思わずのけぞる。
 
 ベルフェゴはといえば、思い出したくもないあの時期だったため、
まだ気配などを全然わかっていなかったが、なんとなく女性だとは思っていた。
大伯父のこともあり、あまり男だ女だと考えていなかったために誰にも言っていなかったが。