「−−!」
 何かを叫ぶように返答を返すジミーだが、次の瞬間ローズが手にしたマナの精剣が振り下ろされ、深々と切りつけられる。
正確に目元、喉元、背中を切りつけると、全樹の木ともども精霊たちは消えた。
 倒れるジミーを支えるネティベルだが、不思議なことに切りつけられたはずの傷はなく、血もまた一滴もたれていない。
 倒れたジミーもまたすぐに頭を振ると切られたはずの喉に手をあてる。
「精霊としての力だけを奪ったんだ。目も声も7日以内に人間になる。
 人間なんだって叫んだのは君だ。なら人間にするまで。
 いいよね、そうやって人間だと言えば人間扱いされるんだから。」
 無表情で空いた手を見つめ、ため息をつくローズは何かにはっと顔を上げると腰に付けた袋から小瓶を取り出し、一息にあおる。
 空になった小瓶を捨てると大きくため息をついた。
「さぁ、再開しようか。悪いけど、死人を出すなって命だからハンデとして小細工は続けるよ。」
 戦闘が始まった最初と同じくうっすらと笑みを浮かべるローズは、剣を引き抜きだらりと構える。
 
 
「ローズとして開始してまだ50分でしょ。大丈夫なのかしら。
 ケアロスが3本しか用意できなかったって言ってたのに…開始前にも飲んでいるでしょうし。」
「無理だろう。まぁ…本人がいざとなったらお守りがあるとか何とか言っていたが…。」
 ローズが投げ捨てた小瓶を見たフローラはあらあら、といいふとロードクロサイトに目を向けた。
お守りでどうにかなるなら薬を飲むな、と呟くロードクロサイトは視線を受け振り返る。
「久々に髪をおろしているのを見たわね。紐、あげましょうか?」
「あぁ、起きたら髪紐が見当たらなくてな。」
 うっとうしげに髪をかき上げるロードクロサイトにフローラは紐を差し出すと手慣れた様子で一つに結ぶ。
ローズが魔王軍に入る前はおろしていたが、ローズに言われ結んでからというものおろしていると邪魔になっていた。
 そもそも魔力の象徴として髪が長いため、魔力を別のところへやれれば短くなるはずなのだ。
 しかし吸血鬼が魔力を反映できるのが髪か牙か爪しかないという種族なので髪に反映させているのが現状だ。
 父親であるクラトカは息子ほど魔力はないため、生れつき牙に魔力の強さが反映されているらしい。
 エメラルダは息子には秘密だが始祖の一人であるため、一応進化して今のスタイルが定着している旦那や息子たちの世代とは構造が若干異なるため、魔力の強さが外見に反映されるということはない。
 そんなわけで髪が長い魔王なのだが、寝て起きたらいつも紐を置いてある場所に肝心のひもがなかったという。
「一本で事足りていたからな…予備を作っておいたほうがいいな…。」
 どこにやったんだろう、とため息をつくロードクロサイトはなんかしっくりこない、ともう一度結び直す。
「自分で結ぶより、ローズに結んでもらった時のほうがまとまっていたな…。」
「あぁ、一行と一緒にいるときはローズが身の回りのことをしていたのね。
 たびたび思うけれども…ローズって家事全般できる上に一生懸命尽くす、若妻気質よね。」
 はい櫛、と手渡すフローラの指摘にロードクロサイトは思わずく吹き出した。
本人が聞いたらわたわたした後必死で否定するだろうが、月に一回ほどの頻度で食事を作り、半年に一回は屋敷の掃除を手伝っているという事実と、弟子が仕事で破いてしまった服の修復などの裁縫スキル…などなど見た目のせいもあって否定するのは難しい。
 
「そういえば、ローズって不得意なもの少ないわよね。」
 強さとしても一応魔王の次に強いし、家事全般できるし、仕事も早い。
体力がないのが唯一の欠点といえば欠点だが、元々が人間なのであまり気にはならない。
 インキュバスとしてはいろいろ難ありだったが、まぁそれは食事の問題といえるので同じ種族であるフローラにとってはあまり気にはならない。
「そうだな…。強さも申し分ないし…。あ、でも唯一できないことがあったな。
 過去のトラウマとかで泳げないそうだ。
 魔法で足場を作ったりといろいろ対策をしているらしいが…泳ぐのは全般的にだめだそうだ。」
 現にこの前ちょっと落ちた時に自力で自ら出てこられなかった、と思いだすロードクロサイトにフローラは意外そうにあら、と声を上げた。
 そういえば話している間に地形が変わり、水場が多くなった途端ローズの動きが悪くなっているのに気がついた。