一瞬にして白い世界に投げ込まれ、視界が奪われると焼けつく痛みに、体に入れられた焼印の痛みと記憶が洪水のようになってローズに襲いかかった。
 闇の水晶が見せてきた数々の人の闇が脳裏に記憶と結びつきながらあふれ、全身を襲う痛みと突然襲い掛かってきた恐怖にすべてが包み込まれる。
 ひときわ大きな気配がそばにあり、自分を抑えようとするのに、一番忌むべき記憶が頭によぎりどうにかその気配を断とうと動く。
 必死に助けを求めるもその対象の影が、他の記憶によってすぐ流されつかむことができない。
 おぼれた時のように必死にあがくが遠ざかってしまう。
 
 記憶の渦が邪魔をし、大好きで大嫌いな顔がよぎる。
かつての仲間たち、
両親、
妹。
 
全て滅べばいいのに。
誰も愛してくれない世界なんて全部消えてしまえばいい。
そう思った瞬間、衝撃を受け身体だけでなく、記憶も共に大きくぶれる。
ふと、嵐のような記憶の群れの間から何かの匂いに気が付き、必死に影を手繰り寄せた。
 
「いい加減目を覚ませ!!!チューベローズ!」
 
 いまだ定まらない影を覆う記憶の断片が吹き飛ばされ、助けを求めた影がようやくクリアになった。
 
 
 ロードクロサイトの大声とともに地鳴りもピタリとやむと、ローズの荒い息以外の音が消えた。
実を言うと、先ほどからロードクロサイトはイングリッシウ語しか話していないため、何がどうなって何が起きたのかさえチャーリー達にはまったくわからなかった。
 唯一わかったのはどちらの言葉でも変わらない、ロードクロサイトが呼ぶチューベローズの名前などだけ。
 魔王が現れたことでタダ寄らぬことが起き、そして動いてはいけないのだというのを眼の前の戦闘から感じたチャーリー達はただ圧倒的な強さを見せていた元勇者が、指一本動かすのさえままならないほどのダメージを受け、なすすべもなかった光景を見ているだけだった。
 ロードクロサイトが何かを言うたびにわずかにうなずくローズは、まだかろうじて動く右腕でロードクロサイトにしがみつく。
「まぁ一応決まりだからな。とりあえず生きていたことだし…と…ローズ、どこにしまった?」
 振り向いたロードクロサイトは今度こそジャポネーゼ語を話し、ローズの道具袋を探る。
しかし、見つからなかったのか、ぐったりとしているローズにどこにあるのかと聞く。
 何度か口を動かすローズに、あぁというとローズの胸元から小さな袋を取り出した。
中から淡いサーモンピンクの色をした宝石を取り出すと茫然としている一行に向かって投げ渡す。
 受け取ったジュリアンはまだ驚きと恐怖がぬぐえない頭を振り、宝石とロードクロサイト達を見比べる。
「何が…。」
「悪いが説明している余裕はないんで、説明はまた今度だ。早いところ治癒槽に入れないとさすがのローズも回復が追い付かないんでな。」
 んじゃ、というロードクロサイトはコウモリを出すと、黒い渦にかき消えた。
「あれが…魔王…。」
「混乱とバーサク状態だったとはいえ、あそこまで歯が立たないなんて…。」
 冷静さを取り戻しつつあるエリーとネティベルは今さらまた震え出す自分に気が付き、腕を抱き込む。
 今まで戦ってきた四天王戦の中でもかなりのダメージを与えたが、実力ではないことは重々承知している。
実力では、ローズがかなり手加減した状態でさえダメージをじりじり与えられ、暴走してからは圧倒的な魔力で近づくことすらできなかった。
 伝説の勇者との圧倒的な差。おまけに暴走した後のその元勇者を魔王は遊んでいるかのように(実際、遊んでいたのだが)軽く相手をし、暴走を止めるためとはいえ完封無きまでに叩きのめした。