蒼い炎が消えると、そこは宿屋の食堂であった。
連れてきた当人は何を言うでもなく、松明を蒼く燃え上がらせると姿を消した。
「戻ってきた?」
目をしばたかせるジュリアンは若干の眩暈を感じるも、それ以外に異常はないことを確かめお茶の準備をする亭主に目を止めた。
床に倒れているキャシー達のそばで状態を確認するネティベルは一通り確認すると、ほっと息をはいた。
とりあえず休めばなんとかなるだろう。
「お疲れ様。へぇ…それがチューベローズさんの宝玉かぁ。」
お茶を持ってきた亭主はジュリアンが握ったままだった宝石に目を落とし、ニコニコと笑う。
亭主の言葉にようやく思い出したジュリアンは手に持った宝玉をまじまじと見つめた。
濃い赤と淡いが混じりあい、花のように層になっている。どの色も透明になっているのか中央に集まるようにマーブル柄を描いているのが見えた。
見せて、という亭主に渡すと、彼は覗き込むようにして宝石をくるくるとまわし、何の石だろうかと鑑定を始めた。
「へぇ…。これはなんの宝石だろう。2,3種類ぐらい混じってるのかな。この赤いのはインカローズっぽくも見えるし…。この淡いのはローズクォーツかな?じゃあきっとこっちはバラ輝石かな。」
不思議な色合いだ、と呟く亭主はありがとう、とジュリアンに宝石を返し冷めないうちにとお茶を勧める。
「これって…何か意味があるんですか?」
今まで使った宝石を思い出すポリッターは首をかしげ、普段宝石を見あきているエリーはそういえば、と思い出していた。ネティベルもまた思い出すが、水晶系は詳しいものの見ただけで判断することはできない。
そのほかのメンバーに至ってはそもそも宝石には縁がない。
「ん〜と…。その四天王を象徴する宝石だとか、心の色だとか。いろいろあるそうだ。リリムは確かアメジストで、キスケちゃんはタイガーアイ。んで、あのチューベローズさんの弟子の子はオニキスだってこの前聞いたけどあってるかい?」
昔宝石の目利きをやっていたんだ、という亭主は自分用に入れたお茶を飲んだ。
「以前は真珠だったんだけどまぁチューベローズさんの周りはいろいろ変わるし、あのシィルーズっていう化身も手に入れてるし…。まぁいろいろあったんだろうし。」
後でお見舞いにでも行こう、という亭主は何かを思い出したのか、くすりとほほ笑む。
あぁ、そうだと立ち上がった亭主は新しい客の準備があるので、と席を立った。
とりあえず、と気絶しているみんなを部屋まで引き上げ、息をつくとすっかりぬるくなったお茶を飲む。
ふと、大きなため息が聞こえ、エリーとネティベルは深々とため息をつくチャーリーに目を向けた。
「まさかあれが光属性の魔法道具なんてね…。明かりをともすのが目的ではなく、闇の生物たちの目をつぶすことだけに特化した強力な呪文。」
「天族にとっては許されない大罪人だからだろうな。」
ただ明かりをつける道具だと聞いていたチャーリーの落ち込みようにエリーとネティベルがフォローを入れる。
まさか大伯父さん…しかも伝説の勇者に対して眼をつぶしたことに落ち込んでいるのかと、ネティベルは心の中でため息をつく。
性というのは勇者にとって力の源という。
特にチャーリーは絆。たとえ相手にその気がなくとも、血縁という“絆”によってつながっている。
そのために彼としてはあまり強く出られないようだ。
「一応敵だということで理解はしているんですが…。それに、これは相手にダメージを与えることはないから大丈夫だと何度も言われていたのに、嘘をつかれたみたいでそれがショックで。」
いけませんね、というチャーリーは小さく笑う。
「だからか…。」
何かを考える様子だったエリーは小さく頷き、呟いた。
その言葉にジュリアンが何がと聞くと、ソファーに深く背を預ける。
「伝説とまで言われていた勇者が人間を…ひいては天族を裏切った理由だ。なぜなのかずっと引っかかっていた。あの容姿であの山に囲まれた村。チャーリーの故郷を批判するわけじゃないが、それなりの扱いは受けただろう。そして天族らになんらかの“裏切り”にあった。それが理由だろう。」
「どういう…。」
静かなエリーの言葉にチャーリーはますます困惑する。
優しい祖父母、両親…近所の人。
誰を思い出しても酷いことをするようには見えない。
「つまりは人間からはいいように扱われて、居場所をなくし…。天族からは今回チャーリーに嘘をついたように何らかの嘘、騙し…そういったものをつかれて、絶望したんじゃないかってこと。」
「その解釈だけは銀薔薇の坊は鼻先で笑い飛ばすじゃろうな。まぁ、何にせよあんまり他人の心の中を勝手に考えるんじゃない。」
エリーの言葉を補足するネティベルに老婆の声が含み笑いに入る。驚いて4人がドアを見るといつの間に入ったのか、灰色の犬が鎮座していた。
|