犬…といってもなぜか顔には模様が付いており、その模様にどこかで見たような、とチャーリーは首をかしげた。
「悪いのぅ。肉体で来るにはちぃとばかし遠かったのでの。ファングに憑依いたんじゃ。どうも、お主らがここを去るまで時間が残っていないようでな。まぁあとは銀薔薇の坊の家族を見たかったんじゃがのぅ。」
 どこかで聞いたことのある老婆の声にエリーとネティベルははっと目を見開いた。
「まさかシャーマンさん?」
「ジミーの…家族の…。」
 ホッカイトウで出会ったジミーの先祖、シャーマンだと気がついたネティベルに、エリーは祖母だったか曾祖母だったか思い出そうとし無難な答えを出す。
二人の言葉にようやくチャーリーとジュリアンはファングの顔を覆う模様を思い出した。
ジミーの両親を人間にした召喚術師であり、伝説の銀月の一行の一人。
「祖母で大丈夫じゃよ。まぁ似たようなもんじゃし。」
 笑うシャーマンは気絶しているジミーのそばに行くと、匂いを嗅ぎ一つため息をついた。
「やはり精霊ではなく人を選んだのじゃな。もっと早くに話しておくべきじゃったな。」
 
「どうしてあなたがここに…。」
 悲しげにつぶやくシャーマンに、垂れた耳を見ながらチャーリーは首をかしげた。
大体、時間が残っていないというのは…。
「少し見ておきたかったのじゃよ。なにせわしらの魂は天族として新たな生を受けるよう誓約しておる。そうなればわしらは銀薔薇とは敵じゃ。守ってやりたかったのに人生は本当にままならん。」
 チャーリー達のところに戻ったシャーマンはソファに飛び乗ると肘掛に顎を乗せ寝そべった。
どこか遠くを見つめ、いっそ悲しげな声にしん、と部屋が鎮まった。
「まぁ、あの子が選んだ道じゃ。何も言うまい。さて、わしはそろそろ部屋に戻るかの。あまり出歩いては怒られてしまうからのぅ。暴走した銀薔薇の前で生きておったのならそれは誇ってもいいことじゃと思うぞ。」
 
 
 暗い様子の一行に目を向け、小さくため息を漏らすとひょうひょうとした口調になり、誇ってもいいんじゃよ、と笑いかける。
 尾を振り、ソファから飛び降りるとチャーリーの足を頭で小突いた。
「人を疑うことも、ある程度は必要じゃ。じゃが、信じていることを悪だとは思わないんじゃな。信じるよう仕向けておいて信じてくれる人を騙すことは悪いことで、それは騙したものの品性が悪いということじゃ。じゃから落ち込むことはない。まだ人間味がある絆の勇者ならば成長できたと思えばいいじゃろ。」
「…大伯父さんは…そうじゃなかったんですね。」
 犬に憑依しているため、あまり表情の変化がないシャーマンだが優しげな眼でチャーリーを見つめ、尾を振った。
ついつい、しゃがんで犬の頭をなでるチャーリーは視線を落したまま、ぽつりとつぶやく。
「人間の中に生まれた天族そのものじゃった。純白の新雪のような心のな。さて、次は魔王じゃ。相手がどんなに強くとも勇者一行には仲間がおる。それを忘れんことじゃ。」
 一瞬戸惑うように眼を伏せ、以前の仲間を憐れむように呟くとシャーマンは顔を上げる。
今はほとんどがまだ目を覚ましていないが、それでも今残っている4人の目を見つめゆっくりと頷く。
 
「まぁ無理はするんじゃないぞ。それじゃまたの。」
「ありがとうございました。」
 扉に向かって歩くシャーマンはチャーリーの声に尾を振ってこたえると、扉に吸い込まれるようにして消えた。
「しっかりしなきゃですね。魔王を倒して、こんな勇者なんてもの2度と生まれなくていいよう戦いに終止符を打ちます。」
 チャーリーの目に強い光がともると、ネティベルとエリーは安心したように視線を合わせ、小さく笑いながらもちろんと頷いた。
 
 
 心配していたジミーの体調も良好で、シャーマンがきていたことには驚いた様子だった。
「ジミーくんがねぇ、けはいがしないからわかんなかったてぇ。けはいってうつわのことぉ?」
「そういうことなんだろう。年齢的には少なくとも200歳は越えていただろうしな。」
 アイアンの何時もの翻訳を聞いたエリーは頷くとさっくりとアイアンの疑問はスルーする。