ムキになって怒るローズだったが、はっと顔を上げるとシャーマンを見た。
うっすらと透けたファングの姿にソーズマンも気がつくと明暗を繰り返す最年長の仲間を見る。
「どうやら…時間切れのようじゃな。」
 やや透けて元の召喚獣の顔が現れ、再びシャーマンの奇怪な化粧の顔が現れを繰り返す中、さみしげに笑う。
「シャーマン…。」
 手を伸ばし、そっと召喚獣の…犬の顔に触れるローズはそのまま鼻を寄せるシャーマンを軽くなでる。
「わしは…クラリスから銀薔薇のことを相談されてからずっと召喚獣を使ってみておった。誰よりもやさしく、純粋じゃったおぬしの姿は…人間に諦め、人間を捨て魔物になりたかったわしの心をいやした。」
 仲間たちもまた、旧友であり、戦友であり、最年長であった仲間の体に手を置く。
柔らかな毛並みさえもときどき感触が消える体はまだ温かい。
「実はの、精霊の召喚術を得たのは銀薔薇達が旅に出たあとじゃった。クラリスが村の護衛で行けぬ中、誰がお主たちを導けるのか…それには何が必要か。知っている限りの占いを使い、調べ上げた。その時、不吉な…それこそわしが嫌う人間の愚かさをにじませる不穏な影が…常に占いには出ておった。」
 体が揺らぎ、静かな声にやや雑音が紛れる。
それに気づいたローズは触れた個所から魔力を送り、シャーマンを支えた。
「じゃがの…。不安じゃったそれを…常に警戒しなければならないそれを…。あの時予見することができなかった。わしは…アーチャー、ファイター、ヘアリン、ソーズマン…そしておぬし…チューベローズと旅するのが楽しくて楽しくて…いつしか忘れてしまっていた。皆が笑うだけで…銀薔薇と変な吸血鬼とのやり取りが楽しくて…悪魔との契約をし、ここまで生き延びたかいがあったと、そう満足しておった。」
 
 ふわりと召喚獣の体が発光し、光がわずかに離散していく。
「すまなかったの…。本当の子供のようじゃったおぬしを…わしは救ってやれなかった。ただお前さんを驚かせようとしてやったことさえも…妙なトラウマを植え付け、女性が苦手になってしまったのも…ずっと謝りたかった。本当にすまなかった。」
 ぽろりと犬の眼から涙がこぼれ、短い毛並みを滑って行く。
だがそれさえも光の粒になると浮き上がり消えていく。
消えていくシャーマンを抱きとめるように軽く抱きしめるローズは毛並みに顔をうずめるようにうつむいた。
 もう、シャーマンの体は実体がなかった。
「シャーマン…僕も…知ってた。シャーマンが僕たちを本当の子供のように見ていてくれたことも、シャーマンが僕を元気づけようとしてあんなことをしたのも。シャーマンが目指していたものも…。ごめん…僕は…シャーマンがなりたかった魔物に…。」
「なんじゃい。おぬしは本当にどこで何を見ているのか…わしのような俗物にはわからんのう。でもそれが…子というものかも知れんの。魔物になったことを聞いた時は驚いたが…ホッカイトウであったとき、今が幸せなんじゃなと…そう確信できたからの。ソーズマン、アーチャー、ファイター。わしは先に天族に転生してくるから…ゆっくり来るんじゃよ。でないとわしが先輩になれなくなってしまうわい。」
 光の粒はやがて人の姿になると、元のシャーマンの姿になりそっとローズの体を包み込む。
 
 
「そういわれるとすぐに転生したくなるな。シャーマン…こいつのこと…そんな風に考えてくれてありがとう。いつも楽しかった。」
「確かにソーズマンの言うとおりだ。ただ、私より2年ほど長生きしている旦那の死に顔拝まなきゃ、私としては死にきれないな。得体のしれないばあさんだとか思ってたけど、身内のいない私にゃ母とも祖母とも…姉とも思える存在だったよ、シャーマン。ありがとうね。」
「初めて会った時のインパクトはすごかったからな。夜中に急に間近に表れるその化粧は何度見ても慣れなかったけど、確かに楽しかった。皆で野宿して、シャーマンがどっからか捕獲したウサギ食べて…変なキノコ食べて、にっがい木の実食べさせられて。本当に楽しかった。ありがとよ。」
 仲間からの言葉にシャーマンは嬉しそうに笑うと、窺うようにローズの言葉を待つ。
「シャーマン…。ずっと…ありがとうって言えなかった。本当にありがと…。僕についてきてくれて…僕のこと見守っていてくれて…。ありがとう。」
 うつむいたまま小さな声で別れの言葉を告げる一行の要にシャーマンは満足そうにうなずくと、最後にローズの頭をなで、ふわりと浮いた。
「そうじゃった。わしの顔…結局見せておらんかったの。どれ…最後くらい見せてやるかの。」
 そういって両手で顔をこするシャーマンを仲間たちは見上げる。
「ほれ、子を失って…夫を亡くした女の顔じゃよ。悪魔を呼び出し、契約した…愚かな人間の婆の素顔じゃ。」
 笑うシャーマンは少しそばかすのある女性の顔で笑うと、ばいばい、と言って最後の光を離散した。