翌日の昼。小高い丘には遠ざかる白い帆船を見つめるローブ姿があった。
「あ〜〜あ。これでしばらくは勇者戦はないのか。」
 何十年と暇だな―と伸びをするロードクロサイトは返事をしない隣の小さなローブを見下ろす。
まぁ、なんだかんだいって、このちっこいのがいると模擬訓練も何も楽しいのでそれなりには充実してはいるからいっか、と黙ったままのローズの頭をつっついた。
「人間の寿命はそもそも最大でも100年といわれている。それが死ぬのは当たり前のことだ。」
 じっと帆船を見守るローズにそう言うと、ローズはうつむく。
「僕は…間違えていたのでしょうか。あの時…全てを受け入れていれば…誰も悲しまなかったのでしょうか。」
「なんだまだ気にしていたのか。今の生活に不満でもあるのか?ローズを慕っている部下達…家族と呼んでいる者たちじゃ不足なのか?」
 かつての仲間たちを想い、うなだれるローズだがロードクロサイトの言葉にはっと顔を上げた。
「そんなことないです!ただ…どこまでが自分の意思でどこからが勇者としてのサガなのか…それが分からないので。」
「そんなのどうでもいいだろうが。馬鹿でしかないサガと、あほみたいにお人好しなもともとの性格と、両方あってのローズだろうが。」
 再びうなだれるローズに割とこいつめんどくさいな、と思いつつローブ越しに頭をなでる。
なでられたローズはサガについてはもともと自分も思うところがある、と前に置いたところでド阿呆の天然馬鹿に言われた!とショックを受けていた。
 布越しとはいえ、ローズに触れていたロードクロサイトは念話と同じ原理で愚痴を聞いたため、後でどうしてくれようと考える。
 
「…魔王様?今僕の脳内…盗聴しました?」
 頭に載せられた手が止まったことに気がついたローズはちらりとロードクロサイトを振り仰ぐ。
「別に盗んでいるわけじゃないだろ。前に聞こえてきた念話が面白かったから最近はよく聞いているだけで。」
「それでも勝手に聴いているんじゃないですか!!しかもめちゃくちゃプライベートな事を!!」
 キッ、と睨むローズにロードクロサイトは昔は聴いてない、というがそういう問題じゃないとローズは怒る。
「つなげてなくとも念話状にして考えているのがいけないんだろうが。」
「今のは違います!念話として出さないように制御してました。触れたところから魔王の力を使って勝手に僕の思考を聴いてるんじゃないですか!」
 念話として…つまりは魔力を込めて心の中で呟いたんじゃないのか、というロードクロサイトにローズはこの手から、と言って頭に載せられた手を払いのけた。
 
「油断しているローズが悪い。それより、自分たちでは役不足か、ってさっきからしょげている後ろ。どうなんだ?」
「理不尽!後ろって…!」
 私は悪くない、というロードクロサイトにくってかかるローズだが、はっとなって後ろを振り向いた。
 そこには一緒に住む渦ドラゴンと大犬。
「ジキタリス様…人間ではなくなったことを…魔物として生きている今を後悔しておいでですか?」
「私達では…ジキタリス様の後悔の念を…支えになってはいないのですか?」
 どこか落ち込んだ様子の二人にローズは首をふると口角を上げ、二人に向かって飛び込んだ。
 
フードがとれるのもかまわず、二人に飛びつくとセイとハナモモは慌てて日差しからローズを守るように抱き返した。
「ジキタリス様!いくらすぐに支障がないとはいえ…。」
「せっかくの髪が傷んでしまいます!」
「ほんと、ぼくはバカだな。悩まなくたって僕にはもう家族がいるのに。ごめんね、心配させちゃって。」
 フードをかぶせ直すハナモモと自分の陰にローズを入れるセイは、ローズの言葉に顔を見合わせ、くすりと笑う。
 
 
「さぁ、戻ろうか。」
「えぇ。あ、そういえば…ジキタリス様。屋敷に夢魔…と思われるものが住んでいるようですが…心当たりはありますか?」
 帰ろう、というローズにセイは頷き、そういえばと伝える。
「夢魔?いいや。みてないけど…。夢の中に出てくるってこと?」
 フローラでさえ出会ったことがないという夢魔が屋敷にいると聞き、ローズは首をふった。
屋敷の人数が増えているわけではないので、夢魔は人の夢の中で生きてるのかな、と考えるが今のところ夢に出てきてはいない気がする。
「私も何せ夢の中なのであまり覚えてはいないのですが、見覚えのない二人組の少女が不意に現れて勝手に私の夢を見ていく…というような感じですね。通常ドラゴンは毎日寝ないのでいつも熟睡しているわけではありませんから…声をかけたことはありますが、長話はしたことがないですね。」
 夢というかいつもの記憶の整理ですが、というセイにローズは首をかしげ、いつの間にか背後にいるロードクロサイトを振り仰ぐ。
「あぁ、あの二人組か。どうせ夢だしと思って気にしてないが…あれが夢魔か。てっきり記憶の中のシィルーズかと思ってたな。」
「魔王様も見たことあるんですか。シャムリンも見たことがると言っていたので、やはり夢魔でしょうかね。」
 曇って来た空に暑かったとフードをはずすロードクロサイトは見たことがあるといい、ハナモモも同意する。
「え?ちょ、ぼくだけ見てないの!?」
「ジキタリス様は淫魔ですから。寝ていても夢の中に意識を保つことができますし…夢魔と特徴が似ているので出てこないのかもしれないですね。」
 僕だけ見てないの?というローズは屋敷に向かって歩き出しながらセイが言うと、ハナモモとロードクロサイトは確かに、と考える。
「こうなったら就寝時間に皆の夢を覗き見してやる…。」
 家主の僕に会わないなんて、とぶつぶつと作戦を練るローズにロードクロサイトはさて先ほどのお仕置きどうするかな、と考えつつ蝙蝠のゲートを作った。
 副将と四天王長、そして魔王がくぐると残された蝙蝠は散開し、誰もいなくなった丘にはただ、風が吹くばかりであった。