【淫魔騒動って…どうしたんですか?】
余計なこというなよ、といわんばかりにため息をつくローズに、
2軍の職務である情報収集の一環とばかりにキルが尋ねた。
だがすぐに触れてはいけなかったのかと、ローズの目に冷や汗をかく。
現に喉元に何も突きつけられていないのに、
何か鋭いものが当てられたかのように息を呑めない。
少しでも喉を動かせばその刃物に首を切り裂かれそうだ。
【仕事熱心なのもいいけど…。パンドラの箱ってわかる?それの中身を見たいの?】
ローズはいつものように微笑みながらキルに問うが、
それが快く思うような視線でないことに向けられた本人以外はわからない。
だが一番近くにいたタマモにだけはローズの内なる闇に気づき、呼吸が出来ずに喘ぐ。
「ローズ」
部下の異変にすぐに気がついたロードクロサイトが、
念話でなくローズに呼びかけると視線がはずれキルはどっと汗が噴きでた。
喉には未だあの見えない刃物が当てられているかのような感触が確かに残っている。
タマモにいたっては弱弱しく浅い息を繰り返し、
普段立ち上がっている9本の尾がだらりと下がっていた。
大丈夫か?と、問うロードクロサイトに大丈夫ですと答えたキルは、
ファイターらと談笑しているローズを見る。
一行に聞かれないように声はひかえめだが、
昔の話や今の話に盛り上がり時にロードクロサイトに話を振っていた。
タマモはローズが回復呪文を唱え、手から徐々に回復してもらっていた。
これが四天王長であり、自分の師匠であるローズなんだと、
キルは畏怖と尊敬の入り混じった目で見つめた。
あれほど強く鋭い殺気は感じたことがないと首をさする。
「ローズ!ばかぁ!」
突然響く大声に続いて目の前でキルが尊敬のまなざしを送っていたローズが消える。
「何!?ちょっっと!!ネティベルさん、何で止めなかったの!?」
よった勢いで飛びつくプリーストにまったくとため息をつくローズ。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、うん大丈夫だよチャーリー君。しかたないなぁ。よいしょっと。」
片手でローズに抱きついたままのプリーストを支え立ち上がる。
そろそろ明日の準備をしようかしら、
というネティベルの言葉でそれぞれ部屋へと戻っていた。
「それではロードクロサイト様、プリーストを寝かせてくるので。
あ、それと少し外出してきます。」
回復してすぐに戻ったので空腹なんですよ、と言うと
ひとまず寝かせるためプリーストの泊まる部屋へと退出する。
一行がそれぞれいなくなるとローズのいた席に丸まっていたタマモが伸びをし、
人型へと変わった。
「それでは妾はこれにて失礼するかのう。
魔王様、第2軍第1隊長ハッコン=ミズクメ=タマモ、失礼いたす。」
優雅に退出の礼をとると狐火を残し、タマモは城へと戻った。
「そういえばあの3人はともかく、誰一人としてハッコンに気がついていなかったな。」
「そういえばそうでしたね。魔法もなにも使っていなかったのに、
9本の尾を持つ狐には誰も気がついていませんでしたね。」
部屋に戻ったロードクロサイトとキルは思い出す。
もとからローズの目の色が若干変わっていることに気がついておらず、
本物が来て入れ替わったことすら誰も気がついていない。
レベルアップだけで本当に大丈夫なのだろうかと不安がよぎった。
ローズと違い、元来持ち生まれた戦いにおけるセンスや才能が低く、
勇者にいたっては自覚がない。
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