「えぇっと…。」
「それに、この木はここまでしか移動できません。他の木へ移動するにはあの屋敷の屋根に飛び移って南西方面に下り、灯篭を足場にし松の木に行く方法以外ありません。」
 眼を泳がせる彼女に構わず、キルは淡々と移動することを想定した移動方法を彼女に伝えた。
 実際、これから移動するのはその方法を使い、松の木からようやく見える鬼の里の入り口にある松明まで鬼火で移動しようと考えていたところだ。
「まぁその姿ではさすがにそのような動きはできないと思いますが。」
 お勧めはできません、というキルはまじまじと自分を見る少女に首をかしげた。
「すっごーーーい!そんなことできるの!?うわ〜〜。あんまり男の子と話したことないけど、男の子の鬼ってすごいのね!」
「いえ。多分私を基準にしてはいけないと思いますよ。普通は地面を歩くものと思いますから。」
 感心する少女にキルは何なんだこの子は、と考えながらばっさりと否定する。
おそらく、この里の似た年頃の男の鬼と自分を比べたら、トカゲとワニ程の力の差があるんじゃ、とキルは思い浮かべた。
 師匠の技が動物に関連するものが多いせいか、ついつい比べる例えに動物が出てくるが、キルは気が付いていない。
 現在は受けた技を散らす襟蜥蜴(エリトカゲ)と、相手を2本の剣で挟んでねじ斬る黒大螺(クロダイラ)を取得中だ。
 本来なら襟蜥蜴は風属性、黒大螺は冥属性だが、あいにくキルは黒大螺はともかく襟蜥蜴は扱えない属性のため無属性での取得を目指すしかないのが現状で、四苦八苦しているところだ。
 
 
「ふ〜〜ん…あ、そうだ。あなた名前は?私はア……。」
 
「こらぁぁ!!!そんなところで何をしている!!降りて来なさいい!!!」
 突然聞こえたどなり声に少女が首をすくませると、屈強な鬼…父がするすると木を登りやってきた。
「アプサラス!!まったくこんなところで一人で登って!何かあったらどうする気だ!!」
 カンカンになって怒る父は少女…アプサラスにじっとしているように言うと小さな体を抱え、地面に飛び降りる。頑丈な鬼ならではの荒業だが、アプサラスはおびえたように首にすがっていた。
「母が捜していたぞ。明日から習いごとは半分にし、後は里から出ない限りは自由にしてもいいだろうと話し合いが決まった。なに、ノーブリー殿はまだ若い。そう急くこともあるまい。」
 地面に下ろされ、顔をうつむかせる娘に厳格そうな顔の父は少しだけ顔を和らげ、頭をなでる。
 父の言葉にはっと顔を上げたアプサラスは嬉しさに顔をほころばせ、父に飛び付いた。
「ありがとう、お父様!そうだ。一緒にいた男の子…あれ?」
 嬉しくて笑うアプサラスは、先ほどいた枝を仰ぎ見る。
そこには誰もおらず、そういえば父は”一人で”と言っていたはず。
いつからいなくなったんだろうかと首をかしげ、父に抱えられながら家に帰るまでずっとあの赤毛の鬼を思い出していた。