満月の晩。
タマモとの交代が終わったクラマは退出の礼もそこそこに飛び出していく。
「さて…。また苦手な油たっぷりの肉料理攻めにあわなければよいが…。」
「それにしてもこの惨状。しばらくは休暇なしで頑張ってもらいましょうか。」
 これで日常に戻るとばかりにため息をつく二人は散らかった部屋を眺めた。
またため息をつくと棚から巻き物のような塊を引っ張り出したタマモに、
キルも一緒になって巻き直していく。
 
 
 手元の包みを軽く握るクラマは紅葉を見る場所を探すヤタガラスに身をかがめ、
父に教えてもらった場所へと向かう。
本当に穴場らしく、満月が望め舞い落ちる椛が美しい。それに他の鴉天狗の姿もない。
 
そわそわと背中の羽を動かすクラマは不意に顔を上げ、
満月に浮かぶ一羽のヤタガラスを見つけた。
ふわりと優雅に飛ぶヤタガラスはクラマの元へと羽ばたき、姿を変える。
「セヤ…。」
「こんばんはクラマ。待たせたかしら。」
 青味がかった髪をなびかせ、ふわりと隣に腰掛ける鴉天狗の女性…
セヤは鴉天狗特有の口元を覆う覆面越しに微笑む。
「そっ某もたった今来たばかりで…。セヤそっその紅葉が今年もまた…いや、一段と美しい…。」
「そうね。今年はいつもと違って美しいわ。
 クラマがこの素敵な場所を見つけてくれたからかしら?」
 岩場に腰掛け、美しく染まった紅葉を見上げるとクラマはそわそわと、
月とセヤに交互に眼を向け、落ち着かない。
その様子に笑うセヤは互いの羽がぶつかるところまで間を狭め、くすくすと笑う。
「セッセヤ。そっそのはっ恥ずか…。えぇっと…。
 こっこれきょっ今日のために…じゃなくてこれをセヤとのっ飲めたらって思って…。
 あぁっそっそうじゃなくてというかえぇえと。」
「あら。そうね。こんなきれいな月と椛の下で飲むのも風流ね。」
 手を繋ぐセヤに緊張しているクラマは早口に言うと違うと首を振り、
自分が情けないと嘆いた。
その姿に笑いが収まらないセヤは渡された杯を手にし、舞い落ちる椛に眼を輝かせた。
「本当にキレイ…。」
 ひらひらと風に舞う椛や様々な木の葉が舞い、2人のもつ杯に舞い落ちる。
「すっすまない。近い世代の同族の女性と接したことがなくて…えぇっと…。
 そっそうだ。緊張した時はこの匂い袋を…ってくっさ!!
 タッタマモ殿…いつの間に某の服にあれを…。」
 落ち着かないクラマはそうだと取り出した袋を空に向かって投げ捨て、
ローズから貰った匂い袋を手にした。