なんて厄介な拾い物をしたのかしら、とネティベルは檻の前に座り
最近流行の雑誌を読み始める。
後ろでは縄が解けたことで自由になった手足を使い、檻を揺らす少年の姿。
気にも留めていない様子でページをめくるとちらりと見上げた。
「えぇっと?闇の魔道師と呼ばれた指名手配犯のヴォルトと…
 同じく違法動物実験の要注意人物…ナギリー。
 あら面白い。犯罪歴のほとんどが愉快犯ね。
 なになに?ウサギの耳をアルダにつけたり…セスの重要実験薬に鼻くそ投与。
 それによる毒ガス発生。軽犯罪も1000を超えると指名手配なのねぇ。」
「面白いものか!ばか者!大体、国を挙げての組織的な実験薬で
 後一歩で完成するはずだったものだ!
 10年をかけた魔法薬をあの男は面白半分に入れた上に…
 レシピを模写して持ち去ったんだぞ!!」
 先ほどまで読んでいた雑誌に挟んでいた資料を読むネティベルは、
少年の家族に目を留めるとけらけらと笑い出す。
その笑い声に頬を引きつらせる男。
 
 ダン!と手に持っていた魔導書を机に叩きつけるセスはこめかみに青筋を浮かべ、
笑い事ではないと怒鳴り散らす。
「ウサギの耳は良かったんじゃが…どうせなら可愛いものにつけてくれればよかったんじゃ…。
 自分についても楽しくない。」
 若い女性かマダムか…少年でもよい、と呟くアルダにセスはご冗談を!
と先ほどの調子で怒鳴る。
 
「セス、あんまり怒っていると余計禿げるわよー。
 今度もっといい育毛剤作ってあげるわ。」
「誤解を招くようなことを言うな!誰も禿げておるものか!!
 大体、我輩の方が薬に関しては知識が上だ!!」
「ほっほっほ。そう怒るな怒るな。」
 涼しい顔でいうネティベルにセスは象でも殺せそうな目で睨み、アルダが茶化す。
そんな賢者3人の様子にはらはらしながら見つめる黒魔道師やら白魔道師やら…。
 大体、不吉な噂のある賢者の一人、ネティベルにいたってはほとんど初対面だったりする。
 
 
「さて…あとは術式を描いて…ネティベル、お主の魔法が必要じゃ。」
 少年を入れた檻を中心に複雑な模様の円陣を描き、
腰を叩くアルダは遠くに座るネティベルを振り向いた。
呼ばれた本人は眉を寄せ、皮肉気な笑みを浮かべる。
「この私にやれっていうの?」
 ちらりと周囲を見ればいぶかしむ視線が自分に注がれているのに気がつき、
忌々しげにため息を吐いた。
「まだお主はあの事件を…。あれは治癒呪文に長けたものでも難しかった。
 あれは事故じゃ。」
「事故でも!事故でも私が見捨てたのは間違いないわ。あの時呪文をかけていれば…
 弟は今頃賢者の一人になっていたのよ。」
 なだめる様に呟くアルダにネティベルは違う!と叫ぶ。
「あれは……まだ若いお前には無理だった。魔力が足りない。
 それにあの子の実力では白魔道は無理だ。
 大体、我輩は両双方共に平均的にしか使えないし、アルダは元々黒魔道師だ。
 白魔道はこの3人の中ではお前が一番だ。」
 だからお前がやれ、と言われネティベルは複雑な目で睨み、
手に持っていた雑誌を机にたたきつけた。
 
「どうなっても知らないわよ!ぼけぼけしてないで私のローブと杖持ってきなさい!」
 やり取りをただ見ていただけの魔道師達に怒鳴り散らし、白いローブを身にまとう。
床に描かれた術式を見るなり大きく舌打ちをすると
チョークを手にしていた魔道師からチョークをひったくり、大幅に訂正を加えて行った。
 
 
 魔道書どおりに書いていた魔道師達は慌てて止めようとするが、
それをアルダがやんわりと留め、片手に持った魔道書を時折見ながら
魔法陣を書く若き賢者を優しく見守る。
「いっとくけど、かなり魔力を使うから、私の介抱をして頂戴ね。
 もちろん生半可なまずい料理やよどんだ空気、
 騒々しいのとは無縁の部屋を用意すること!
 あと、ブランド品3点!いいわね。」
 チョークを投げ出し、やはり魔道師の手からひったくるように杖を掴むと
少年のいる円陣の中心へと足を進めた。
 
 
「この地上のおいて全ての生命をつくりし父であり母よ 
 汝の慈悲と聖なる光を持って彼の者を戻したまえ 
 全ての邪を祓いて最善へと導きたまえ 治癒系聖魔法 全癒根治」
 淡く魔法陣が光り、白く発光する。
魔法陣と術者の魔力により極限まで効力を高める治癒呪文に、
魔力が風圧となって魔道師達を襲った。
強力な魔法にアルダとセスは踏みとどまるが、
魔道師達は床にすがりつくようにしてどうにか光の中心を見ようと目を凝らした。
 
 どれほど時間が経ったのか。それともまったく時間が経っていないのか。
あいまいな感覚が過ぎ、光が弱まると檻の中には黒い髪の少年が倒れており、
大きな蛇がその身を横たえていた。
 一つにされていた二つの異なった生物が再び分かれ、双方共に息をしているのが確認できる。
それを可能とした魔力とその技術に若い魔道師達はゆっくりと起き上がりながら目を疑った。
 そしてそれを可能とした賢者は、光が消えると同時に
円陣内へと入り腕を伸ばした賢者の腕の中で意識を飛ばしている。
「アルダ、早く2人を治癒室へ。少年は無事だが、オウリアンダーの衰弱が酷い。」
 少年と賢者を看ていたセスは眉を寄せ、ネティベルを抱き上げると、
魔道師達に少年を抱き上げさせ治癒室へと急ぐ。