シエルボーミロワール…そこは空が鏡のように写る美しい湖。
その湖底…セイは小山ほどもある身体を横たえ眠っていた。
時折海面に出ては水を飲みに来た魔獣を狩り、草を食べ…。
行動範囲といえば近くの山に行くことぐらいでほとんどを湖底で眠ってすごしていた。
翼が無いため、渦ドラゴン特有のひれのような脚ではそれほど歩くことはできない。
海があればよかったのだが、山の谷間にある湖では川ぐらいで大雨でなければ到底流れに乗ることもできない。
そもそも、もう何百年前に生まれたか自分でも定かではないが、
まだまだ若い龍であったため、移動する必要はなかった。
成龍になれば翼が生え、移動ができる。それまで静かに湖で過ごそうとしていた。
 
 
 そんなある日。
湖畔に住みだしたゴブリンにセイはいらだっていた。
ゴミが投げ入れられ、汚物で汚され、血を入れられる。
少しのことでは怒らないドラゴンでもこれには心底イラついていた。
そしてゴブリンたちの夜な夜な続く宴にも。
言葉はわかるが、魔界共通語を話す気にはなれない。
ゴブリンたちの話す言葉は汚らわしく聞こえ、彼らの声が聞こえるだけでうんざりしていた。
 
 はじめの頃は話のわかるゴブリンの長に一応自分がいることを伝え、一時期は収まった。
しかし、濃い血の臭いに顔を上げると水面を長のゴブリンが流れ、
その日から宴と汚染は大きくなっていった。
 おまけにあろうことか、セイの鱗を狙い水面に出る頃会いを見計らって襲い掛かってくる。
通常の武器では傷つかないがうっとうしいことこの上ない。
ゴブリンだけでも悪質なのにオークまでいるようでますます悪化している。
鱗を狙いにくる以上話し合いの余地はないとセイは湖底でぐるりと身を泳がせた。
すぐさま小さな渦が発生するとあっという間に大渦となり、
溢れた水がゴブリンのいる湖畔を襲う。
それもいままで彼らが汚した分の水で当たりは酷い臭いとなり、
セイは臭いが消えるまでどこかに行こうかと考えた。
 
 
 
 移動する前日、息苦しさに目を覚ましたセイはあまりの暗さに驚いた。
にごった水には動かない魚が浮き、どうにかできるレベルではなかった。
すぐさま水面に行くが、思った以上に毒水を飲んでしまったらしくうまく浮上できない。
ようやく這い上がるとしみる目に必死に毒水を払う。
不意に身体に痛みを感じ、目を開くと電撃をまとった雷岩と呼ばれる青白い岩が身体にぶつけられているのを見た。
刺さるような痛みに尾を振るう。
刺さる痛みと傷口から入る毒水の痛み…そして毒のダメージ。
混乱と積もり積もった怒り…そして味わったことの無い痛みとダメージ。
頭に血が上った途端、ドラゴンの持つ膨大な魔力が暴発し、ゴブリンをなぎ倒した。
逃げるゴブリンを追い、怒りのままに水と風を呼び起こし、あたりを破壊する。
『ドラゴンだ!ドラゴンが来た!!』
『誰だ!ドラゴンを怒らせたのは!』
 耳障りな言葉に意味も考えず、目に付いた集落をも巻き込み、
騒音を消すためだけに暴れまわる。
『たっ助けてくれーー!』
『あいつの鱗が取れれば…次の魔王になれるはずだ!!』
「うるさいうるさい!!汚らわしい言葉を私に話すな!」
 怒りで血走る瞳を向け、ドラゴン特有の声で吼える。
言葉の意味がわからない、魔界人は逃げ惑い、立ち向かう無謀な者達を残して走り去っていった。